「工學會臨時大會」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「工學會臨時大會」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

工學會臨時大會

工學會は去る三日を以て臨時大會を開きたる由なるが目下勸業博覽會開塲の折柄と云ひ特に我國の諸工業は近年著しき進歩を爲し土木、鑛山、造家、造船、電氣工業等を始め築港と云ひ水道と云ひ或は又市區改正と云ひ凡そ文明的の大事業にして工事の範圍外に出づる者極めて稀なるが故に世上一般漸く工學の重きを知りて之れに着目するの氣合もあり又今度は思召を以て宮内省より金若干圓を下賜せられ世上人氣の致す所、彼の紳商輩までも共に好意を工學家に通じて優待の道を盡さんと思ひ立ちたる者あるが如き何れも斯道繁昌の兆にして我輩の窃に欣喜する所のものなり我輩曾て西洋諸學會の模樣を見るに彼の國國にては學者相會して互に其向きの智識を交換するに止まらず其智識を成る可く世上一般に廣布して最大衆と共に其利益を與にし其好尚を同うして共共其道の發達を期せんとするものの如し例へば醫學工學美術其他諸學派の大會は會期を通常一週間と定め尋常會員の其外に臨時切符を發行して此切符を持參する者は開期中凖會員として會塲に出入し若くは他の招待に應じて會員同樣之れに出席することを得るの趣向なるが故に學會開塲の地方にては通常人の縱覽を許さざる製造塲、美術館等を始め何れも之を打ち開て右の會員たる者に示し或は舞踏會と云ひ或は園遊會と云ひ或は公私の宴會と云ひ地方人民相率ゐて其の東道の主人と爲り優待厚遇の意を表するは勿論、其學會の種類に因り之れに縁故ある人人は一週間内演説を聞き又討論會に參し學理實驗上に於て有益なる意見を耳にするの外に之を機會に諸學者を迎へ或は造船或は紡績或は金銀諸細工より電氣諸機關等に至るまで遍く工塲を案内して夫れ夫れ其説の在る所を聞き學者は實驗塲に入りて自から發明する所あり實業家は學理の適用を質問して更に利益する所あり是に於てか〓〓〓〓〓〓る可らざるを悟りて雙方密着の關係を生じ以てますます其改良進歩を促すが故に文明學者集會の〓益、國家實業の發達の爲めに明暗隱顯その助勢する所實に莫大なるを見る可し然るに今回の工學會に就ては〓〓〓地たる東京の豪家岩崎氏等を始めとして同會員を招待するの趣向もあり又實地東京灣築港上の■(てへん+「檢」の右側)分を爲さんとするの都合もありなど云ふが如き從來學者の集會に一夕の演説宴遊を以て忽ち集り忽ち散じ其利益の廣く一般に行き渡らざりし其風儀を一變して西洋學者集會の趣向を導きたる者にして今後工學會のみに限らず凡そ學者の集會に此趣向を採用するものますます其數を増すに隨ひ學理と實業とをして互に相密着せしむるの端を開くことを得べきか斯くて此流の集會法を我國に導きたるは實に今回工學會諸氏の力なるが故に諸氏は今後會塲を單に東京のみに限らず大坂、名古屋、京都、仙臺等を始めとして年年歳歳その塲所を移し老功鍛練なる工學家が會塲に陳述したる新説を以て互に其智見を開き工學上の進歩に大影響を與ふると同時に其學理を實業に當て箝め日本國中一般に其新智見を布及すること最も肝要の事なるべし又世上一般の人も學者を見ること高きに過ぎて敬して之を遠くるの弊習を改め我れより之れに接近して其專門の學理を問ひ一會又一會互に學者と實業家とを密着して相共に事業の進歩を期せざる可らず一歩を進めて考ふるに凡そ今日の大工事は金を要すること莫大にして一時に成就す可きに非ざれば工學會の如き團體は築港なり市區改正なり其他國家の大工事に關して豫め大計畫を定め置き其道に不案内なる政治家輩が特に容啄することあるも工學社會の輿論を以て其豫定を變更することを許さず目的を一にし運動を共にして屈せず撓まず國家永遠の大工事を成就するの覺悟なかる可らず工學者の責任實に重し我輩も亦之れに屬望すること極めて大なるが故に今回臨時大會の盛んなるを聞見して國家の爲めに之を賀し且つ一言卑見を陳ずること然り