「商業上の焦點、白耳義の事例」
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時事新報に掲載された「商業上の焦點、白耳義の事例」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
商業上の焦點、白耳義の事例
日本を商業國と見做して結局の目的は何れに在りや直に東洋貿易の中心たらしめんと欲するに在るなり凡そ一國を以て世界貿易の中心と爲さんとすれば勿論、その一方面の中心たらしめんとするにも自國に多くの船舶を備へて此中心點より四方に派出し往くに我が産物を載せて返るに他の物品を積み或は他の物産を他より他に運送販賣して徃復間斷なき其間に周圍の貨物を中心に引き寄せ聚散共に此中心點を經過するやうの勢を成さしめざる可らず又此中心市塲には金力に富み智力に勝れ規模廣大なる商人ありて四方遠隔の塲所に手を廣げ大仕掛の商賣を一手に握りて凡そ其方面内に賣買する商品は必ず一旦その手を潛りて多少の口錢を收めざれば之を其消費者に渡さざるやうの習慣を作らざる可らず是れ第一には地理の便なるに因り第二には人工の到れるに因りて其勢を成さしめ又其習慣を作らしむべき者にして例へば彼の白耳義國が南北亞米利加、西印度其他の殖民地より歐洲に來る各種物産の輻輳地と爲り此一方面に向て宛然貿易の中心たるは决して偶然の事に非ず抑も同國アントウアープ港は和蘭のアムスデルダム港と相並んで夙に良港たる可きの形相を具へしかばナポレオン第一世も當港を以て歐洲貿易の中心と為すの意ありしものの如く當時ナポレオンの計畫に係る同港〓造事業の遺物は今猶ほ港内に存すと云ふ然るに此白耳義國は千八百三十年獨立の師を起して荷蘭と分離し日耳曼一州の公子を迎へ立てて國王と爲したる者即ちレオポルト一世なり一世既に崩じて今は第二世の治世なれども國小にして佛獨兩大國の間に夾り其武を以て振ふ能はざるを知りて專はら商〓を整理することを勉め一世レオポルトの施設計畫せし所、見る可きもの少なからず又當國民の意向も小國を以て強國と競爭す可きものは唯商業あるのみと覺悟し其地理の歐洲各國商品通過の中心に位するを利用して大に其交通商業を奬勵し彼のアントウアープ港の如き其人工を究極して如何なる大〓〓舶にても一〓の河岸に横〓けにすべく又 ウエツト ドツクと唱へて一には潮流の干滿に〓り船の位地を上下せざるやう一には船中の諸貨物を倉庫に移すに便なるやう廣大なる池の如き船渠を作り水重力を以て其閘門を開閉し幾艘にても船を渠中に曳き入るれば船渠を環りて倉庫を建て置き起重機は鐵路を渡りて船側に來り船中の貨物を引き上げて之を荷物列車に積めば列車は分れて〓〓と爲り或は倉庫中の各處に至りて又又器械力に因り天上六七階目に押し上げらるるもあり或は列車に載せたる儘、歐洲大陸の各地を指して汽笛一聲出發するもあり倉庫の近傍に至りて見れば珈琲、砂糖、綿等を始め大俵は積んで山を爲し薦包は累累として道を遮り其盛况言はん方なし斯くの如く入港の船舶に對し又其貨物の取扱に關して非常の便利を極むるのみならず當國にては特に鐵道の運賃を廉にし白耳義國の鐵道に因りて歐洲大陸各地に入るは最も割合好き者なりとの評判を得せしめ又入港料を廢して各國商船の來港を便にし穀物には輸入税を課せず其他一切の關税を低くして殖民地物産の問屋港たしめんとせり盖し運賃、關税、入港税等の如き何れも商品の原費に加算す可き者にして其多少は自から賣買上の損益に關するが故に此等の諸費目少なき塲所には商人好んで買入を爲し又倉入を爲すことにして自然商業の中心塲と爲るは固より怪しむに足らざるなり左れば千八百八十七年彼の白耳義國の貿易上二億九千五百萬圓は通過商品なりと云ふ此通過商品とは同國に産したるものに非ず又需用するものにも非ず唯同國が地理と云ひ人工と云ひ歐洲各地に商品を出入するに最も便利なるを以て道を此に假りて通過するものにして正味同國に關係なき者なれども兎に角三億近くの商品が國中を通行することなれば鐵道運賃に倉敷料に其他之を取扱ふ商人の手數料並に税關の手數料等として國の潤たらざるものなし凡そ一國の消費には限りあり其生産にも亦限りあり限りあるの消費生産のみを目的とし輸入するものは自國消費品に止まり輸出するものは自國の生産のみに止まる間は眞の貿易と云ふ可らず外國の物産を取扱ふて其間に利益を占むる是れぞ眞正の商業なる可し白耳義國の官民は能く此趣を確認して地理を利し人工を極め今日の勢を成さしめたる者にして近年獨逸の勃興するや亦此に見る所ありハンボルグ港を以て所謂中心塲と爲しアントウアープ及びアムステルダム等の商賣を奪ひ去らんとして大に盡力するものの如くなれども關税、倉敷、入港税若くは鐵道運賃の如き商人を引き寄するの便利に於て人力の行き屆きたること俄に白耳義等に及ぶ可きに非ず盖し彼れは軍政國にして傍、商業に注意するに過ぎざれども是れは商業國にして商業一方を重んずるが故ならん左れば貿易の中心たるは地理の利、固より大切なれども商業立國と覺悟して〓國の注意を一點に集め瑣末の事にも工風を凝らし遍く人工の到る處を盡し商賣人の營利計算の上よりして自然に輻輳し來るやうの凖備を爲すこと最も肝要の事なる可し