「府縣制郡制」
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時事新報に掲載された「府縣制郡制」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
府縣制郡制
憲法既に發布せられ市制町村制また實施せらる獨り其中間に位すべき府縣、郡制を見ざるは喩へば頭足具はりて腹なきが如く治國の體裁に遺憾ありとて兼てより世論の催促する所なりしが遂に一昨十七日の官報號外を以て發せられ各府縣知事の上申次第着着これを實施することと定めたり舊制と比較して新制の異なる點は本日の雜報蘭内に詳記せる通りなれども是れより先き世間に種種の議論ありて府縣郡とも矢張り市町村と同しく明文によりて自治體と定め隨て知事郡長とも民撰によりて推擧すべし抔との論あり又其筋にも曾て自治體となすの案もありしと聞及びたるに發布の文面に絶て左樣のことなきは葢し此制の基礎を獨逸に取り市町村は自治體たるべきも府縣郡は寧ろ行政區劃に屬するを便利とせられたることならん扨府縣會の權限は從來に比して更に一歩を進め所謂自治體に屬するの事務を議决するを得ることとなりたるは葢し府縣會を喜ばしむるに足るものにして是れまで知事が專决を以て處分し府縣會は傍より之を眺めて多少の不平あるも唯興論の聲を假て間接に牽掣するの外なかりしに今後は主客所を異にし全く府縣會當然の權限に屬したる上に猶ほ自治體の組織上に付直接に權利義務を負擔することとなりしは先づ以て此制度の賜物なる可し右の外に新制により例の府縣會議員撰擧爭の弊風を■(にすい+「咸」)縮するに足るべき歟と思はるるは外ならず從來の規則にては地租五圓以上を納むる者は撰擧權を有するの定めなりしが故に其人員甚だ多く隨て議員の候補者は種種樣樣の方便を用ひ撰擧人被撰人共に共に金を費やし時を失ひ其の餘波云ふ可らざるの弊害を釀したることなりしかども新制にては市會及郡會にて府縣會議員を撰出することなれば例の候補者も亦方便を施こすの方便なきに至りたるが如し但し市會議員及町村會議員の撰擧を爭ふが故に一方の爭を一方に嫁したる樣のものにて全く爭の弊害を除き得たるに非されども市、町村會議員必ずしも府縣會議員たるを得ざれば市會より町村會と次第次第に競爭の熱度を■(にすい+「咸」)じて甚だしき弊風を防き得ることなるべし其他は別に差したる變更もなく實は殆んど同しくして名のみ稍稍異なる位のものなれども郡制に至りては殆んど新規のものにして從來の有樣にては郡こそ所謂行政區劃にして町村より縣廳に直接するときは往復の不便容易ならざるより郡役所を設けて恰も取次の任に當らしめたりしに是れも獨逸の制度に則りて行政區劃兼自治體となし諸諸の機關みな府縣市町村の體裁を具備せり人或は説をなして彼の數町村に亘る水利土功等のことを如何にすべきや既に土工會と稱して各郡に其機關を備ふるに非ずやなど申せども左りとて斯くまでに諸縣廳を整備するの必要あるべしとは我輩の首肯する能はざる所にして實際に臨んで餘りに制度の整頓に拘泥したるを發見することあらん歟と竊に豫想する所なり要するに此等の制度を定むるときは隨て相應の代價を要するは免れ難き所にして人民も亦敢て之を買ふを吝まざることならんと雖も其負擔の容易ならざるは我輩の大に憂慮する所なれば從來に於ける縣廳の事務を府縣會若くは郡役所に移すときは縣廳は隨て夫れだけの經費を■(にすい+「咸」)じ郡役所より町村に移すときは亦其經費を差引して成るべく負擔を輕くするを勉め漫に新設の機關に向て新目の經費を注がざらんこと最も切望の至りに堪へざるなり序に云ふ〓〓發布の市制町村制には理由書を付して公示したりしが府縣制郡制に於て此事なきは如何なる都合に出でしものなるや我輩は世人と共に理由書公示の例は市、町村制より始むることと思ひしに爾後引續き希望の空に歸したるを惜む者なり