「撰擧騷ぎ」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「撰擧騷ぎ」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

撰擧騷ぎ

國會議員撰擧の期限も愈愈切近したるに付き各地方の候補者撰擧者の熱奔狂走は更に一層の甚しきを加へ新聞紙上の奇談も隨分少なからざるが如し抑も議員撰擧の競爭は公明正大男子の爭にして撰擧者は眞實銘銘の利害を代表する天晴の代議士を出さんとして爭ひ候補者は其名譽の爲め將た其信用の爲めに競爭者と爭ふものなれば其事たるや青天白日更に遠慮する所ある可らず故に其爭にして正當の區域に止まる限りは傍より毫も喙を容る可きに非ずと雖も極端に走り易きは人情の常とは申しながら日本人の政治上に於ける競爭は一〓異常の熱氣を帶ぶるものの如し從來府縣會議員の撰擧に於てさへ非常の爭をなし時としては之が爲めに死傷者を生じたるの例もなきにあらず况して其事の大なる國會議員の撰擧爭に至りては猶ほ一層激しき者と覺悟せざる可らず扨其爭の爲めに如何なる現象を見る可きやと云ふに殺傷者を生ずるが如きは暫く例外とし第一の入用は金錢にして之れが爲めに日本國内にて消費する所の金錢は夥しき高に上ることならん然り而して撰擧騷ぎは祭禮騷ぎに異なり祭禮は一時の慰みにして金を費すも之を以て町村少年の情を慰むれば夫にて可なりと雖も議員選擧の事たる人民銘銘の利害に關するは勿論之れを大にしては國の體面にも係るものなれば唯一時の興を以て止む可きにあらず昨年憲法の發布せらるるや西洋の諸國にても之を傳聞し新聞紙上などに兎角の評言少なからずして之を東洋の一奇事と見做し隨て其實際の成行に着目する事なれば本年の選擧騷ぎより國會の開塲に關する出來事は獨り國内の人心を動かすのみならず遠く西洋諸國人の耳目にも映響して一一彼等の批評に上ること勿論なる可く即ち此事に關する日本人民の擧動は廣く世界一般の評判となり隨て國の評價も之に由て定まる程の次第なれば决して尋常一樣の細事にあらず金を費し手間を費したる上にて其結果は〓〓〓家の不利益を買ふのみならず世界各國人の口の端に〓りて我國の値打を損するが如きこともあらば日本人民の不名譽この上もなきことなれば選む者も選まるる者も〓く此邊に注意して祭禮騷ぎの如く一時の興に乘ずることを止め折角費したる金錢と手間とをして國の不評判を買ふが如き不體裁なからしめん事を期せざる可らざるなり