「美術工藝の本色」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「美術工藝の本色」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

美術工藝の本色

目下開塲中なる第三回内國勸業博覽會には美術工藝の出品甚だ多く斯道に熱心なる人人は勿論、世間一般の縱覽人も之を見物して種種の感想を生ず可きが故に我輩は今日敢て一言を呈して我美術工藝家并に一般縱覽人の注意を乞はんとする者なり凡そ一國民の美術には其人情風俗に因り其山川風土に因り其宗教學術に因り其他種種の事情に因り一種特異絶對にして他の企て及ぶ可らざる者あるを見る可し希臘の人體畫に於ける伊太利の宗教畫に於ける即ち其一例にして特に彼のネーセルランド諸邦の畫師が好んで低野淺海の景色を寫し一種言ふ可らざるの風致を極むるが如き周圍の風景に親炙し不知不職の間に之を會得したる者にして他邦の人が偶然之を學ばんとするも其妙を盡すこと能はざるものなりと云ふ又東洋の美術品に就ても日本には日本の本色あり支那には支那の特異ありて决して混同す可らざるが如し葢し我美術品は徃昔支那より傳來したる者にして自然支那を上流に置き之を珍重したるが故に一部は支那流の圏套に陷り其臭味を脱せざるものありと雖ども日本人が自から工風を凝らして特有の意想を發揮したる者は其精緻微妙の趣、遙に支那品に超絶するを見る可し勿論支那も美術國なり其技術の上に於て一種特絶なる處あるは固より掩ふ可きに非ず今歐洲の大博物館に入り東洋美術品の陳列塲を見るに印度を始め他の東洋諸國中には共に論ずるに足るものなく支那の品類に至りても其形の小なる者は彩色模樣形状等概ね武骨粗率なるか或は卑俗殺風景にして日本品の精緻微妙なるが如きに非ず唯その形の大なる者即ち陶器などに就て申せば大花瓶、大置物等の種類は武骨粗大の其中に自から規模の大なるを表し之を日本品の奇巧周〓隅隅までも行き屆きたる者に比すれば國の大小自から工藝上の規模に現はれ大國風の粗大なる處に却て一種の雅味あるは即ち支那の特異にして容易に及ふ可らざるが如し然るに我諸美術品は所謂奇趣巧思に富み物に因りて形を賦し形に因りて趣を添へ秋毫の末にも氣〓の透〓する所ありて其雅味の澁きを得て言ふ可らず特に山水花鳥人物等一種の筆法を具ふるは周圍の事情に感動して自然に悟入したる者にして他國の人が如何に〓〓を凝らしたりとて果して其神髓を得て變化の妙を〓すこと思ひも寄らざる事ならん手近き例を以て申せば日本の人が西洋人を〓はば何處となく日本人の如く〓〓〓〓〓人が日本人を寫せば兎角日本人と〓〓たざる〓如き毎度見聞する所にして近來世上に通〓する兌換銀券面に彫刻せる武内宿彌並に追て發行せんとする同銀券面の和氣清麿の肖像は印刷局雇伊太利人の意匠に成りし由にして其技術の巧拙は暫く置き一見日本人たらずして自から西洋人の相貌を具ふるは爭ふ可らざるものの如し此等の事實より考ふれば西洋人が我れを學んで其意匠を奪はんとするも固より以て恐るるに足らず日本美術家は特性に因りて隨時無限の變化を出し愈愈出てて愈愈妙に以て益益我聲價を發揚すること最も肝要の事なる可し斯くて次第に工夫を凝らして其變化を極むるときは今後幾百年を經たりとて我工藝品の西洋に至りて嫌厭せらるることなかるべく現に昨年開設したる巴里萬國博覽會にて日本の陶器七寶縫箔等の好評判を得たるは工藝品其物の進歩にあらずして寧ろ其色と形との變化に在りたりと言ふ盖し工藝品を愛翫する者は世に有り丈けの種類を買ひ入れんとするが常情なれば其得意を得んとするには何處までも日本流の本色を維持して其中に種種別樣の工風を廻らし隨時人目を新にすること肝要にして目先きの變りたる品物さへ作れば西洋人中得意客は多多ますます増すことならん然るに世上西洋向きを目當として美術的商品を製造する者の中には餘り西洋風に媚び日本特有の意匠を失ふものなきに非ず現に近年海外に輸出する陶器などの内には所謂西洋向きを專として形状彩色歐米人の嗜好に投ぜんと試みたる者あれども此等の出品は何處となく日本固有の本色を失ひ西洋丸出しと爲りたるは猶ほ恕すべけれど虎を畫て狗に類するの本文に違はず徒に具眼者の一笑に供するものなきに非ず西洋向きなりとて西洋を學び下手な西洋品を造り出すは實際决して西洋向きに非ず眞の西洋向きと申すは何處までも日本の意匠を存して然も西洋の裝飾實用に適するものなる可く今後我國人の大に心を用ふ可きは斯かる品柄を調製するに在ることならん今回勸業博覽會の出品には右等の心を心として製作したる者ありや出品種類の多きに隨ひ其製作用心の跡も亦自から異なる可しと雖ども凡そ一國には特異の美術あるが故に其特異なる處を存して獨立に之を發達せしめ斯道に熱心なる者は勿論、世上一般の人人も生れて美術國人たる以上は今回博覽會の如き塲合に於て特に其美術心を養ひ上下の好尚自から其國風を成し技術家を催促して國民固有の本色を顯はさしめんこと國家美術の消長に關して我輩の切に希望する所のものなり