「地方官の更迭」
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時事新報に掲載された「地方官の更迭」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
地方官の更迭
昨年來内閣員の更迭と共に府縣知事の間に轉免の沙汰亦少なからず既に今回も二三大臣の轉任より其餘波は延て數府縣に及び次第に後進政治家の進路を開くものに似たり元來今の府縣知事は明治の新政府に始めて其身を堅めたる者に非ずして寧ろ新政府を作るに勉め創業の際は内閣諸大臣と相提携して維新の改革には孰れも多少與りて功勞あるより取も直さず功に報ゆる今の地位にして其人を問へば寧ろ守成よりも創業に慣れたる者多しと謂はざるを得ず然るに武を以て業を創め文を以て成を守るは古今の常にして現政府も此二十餘年間に綿密なる新法を續發して武器の代りに法律を利用するは殆ど至れり盡せりとも評す可き程にて今の府縣知事は二十餘年前無法の下に働らき二十四年後に有法の民を支配するものなれば假令へ其經驗と老練とは後進の政治家に優る所あるも艱苦立身の昔時と安心立命の今日とは時勢の變遷、大に其趣を異にしたるものなり左れば今日地方の實際を觀るに治者被治者の間に法律上の行違ひは殆んど絶る暇なく甚きは知事を相手取りて訴訟の沙汰に及ぶ事さへあるは毎度我輩の耳にする所にして治民の爲には誠に苦苦敷次第なれ共簡より繁に移る事變の際には此衝突も亦自然の勢として深く怪むに足らず殊に近年政黨政派の續續勃起するに從ひ一方に徒黨の沙汰は以ての外の擧動なりとて怒る者あれば一方は其怒るを見て時勢に通ぜざる偏屈論なりとて竊に笑ふ者あり葢し老論少論に相分るる所にして必ずしも其心底に害惡の毒氣あるに非ざれども其色の前後相異なるが爲めに意外の邊より官民の間に衝突を釀すことありと云ふ要するに其罪人にあらずして時勢に在りと云ふ可きなり
以上の所説にして果して今日の事情なれば之に處するの急務は府縣知事の老成にして功勳ある者をば別に優待して之に代ふるに純然たる明治年間の後進政治家を以てし治者被治者の間に色を異にするの憂を除き以て人民が地方官に對するの心事を一新せしめ敬して之を遠ざくるに非ずして近づきて相親むの念を喚起すること肝要なる可し或は有爲の新人を得るに難しとの説もあらんなれども其實は左迄難きにあらず例へば近來内閣員の更迭すら從前の慣行に拘まず維新功勞の有無を問はずして次官を進るが如き所謂亞流の人物を擧げて大臣の椅子を授けたるの適例あれば更に此言を擴めて各府縣に及ぼし此際府縣の書記官を一轉して舊知事と新陳代謝せしめなば既に〓務に熟して澁滯の憂なく亦〓〓の煩雜に慣れて〓に上下の隔意なからんか敢て當局者の考按を煩はすものなり