「朝鮮近海不穩の風説」
last updated:
2019-09-29
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時事新報に掲載された「朝鮮近海不穩の風説」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
朝鮮近海不穩の風説
露國が朝鮮の鹿嶋を占領したりとの風説專らなる折柄又もや五月十九日京城發にて香港テレグラフ新聞に合衆國政府は自國の石炭貯蓄所に供するの名義を以て實は露國の爲めに巨文嶋借用の事を朝鮮政府へ内内商議中なりとの電報あるを見受けたり前者即ち鹿嶋占領の風説に就ては或は實説なるやも計るべからず果して間違なしとすれば多分近頃の事にあらずして只だ其事の近日に至り漸く發見したるものならんとの説もあれども後者の電文は我輩の特に容易に信ずる能はざる所なり抑も合衆國政府は多年の政略にも似ず他國の爲めに盡力して故らに混雜の中に立入り露國に名義を貸すが如き事あるべしとも思はれず要するに二者共に信僞未だ知るべからずと雖も歐洲列國が亞細亞極東の地に意を注ぎて常に油斷せざるは疑ひもなき事實にして何時しか朝鮮の半嶋に變動を見ることあるべしとは普く世人の豫想する所なり左れば我政府は外交政略の上に於て常に其變に處すべき一定の方向を定め假令へ中途に多少の困難を生ずることあるも泰然屹立の用意なかるべからず政略の方針既に定りて急を救ふの用意ある上は如何なる風説ありとても敢て恐るる所なかるべし風聲鶴唳聊か穩かならぬ今日に於ては特に等閑に附す可らざる所のものなり