「來年の内國博覽會(昨日の續)」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「來年の内國博覽會(昨日の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

余は來年の内國博覽會に就き内國出品人諸氏に向て敢て一言せんと欲するものあり從來我が博覽會出品人の中には或は出品の本意を解せず其時限り金銀賞牌を取りさへすれば大願成就、能事畢れりと心得るものあるが如く出品の趣向工風も專はら此方向に傾くが故に歐米各國の博覽會に於ても日本より出品したる者は毎度好評判を博し毎度上等賞牌を獲ることなれども當初出品の目的が單に賞牌取りに在るが故に其品は恰も稀有の珍物にして評判を得ることますます高き者は追て注文に應ずることますます難く結局我が出品は一時博覽會場を限りに好評を得るも商賣的の用を爲すこと殆んど稀なりと云へり去る頃の事なりとか或る勸業博覽會に最上等の蠶繭並に生絲を出品して非常の好評を博したる者ありたれば其向きの商人が追て骸品の注文を申込みたるに出品人は之れに答へて是れは以ての外の事なり彼の蠶繭並に生絲は豫ねて博覽會に出品せんとて一粒撰りに撰みたる者にして誠に無二の名品なれば迚も御注文に應じ難し云々と挨拶したりとの奇談あり博覽會出品人の實情以て其一班を見る可きなり勿論出品の種類に因りては一品限り他に比類なき者も亦大切ならんと雖ども凡そ商賣品たる者は所謂見本の性質を失はざることを期せざる可らず見本とは其名の如く得意の客より注文を受くれば其通りの品物を夫れ丈け調達し得べしとの代理品にして多くの商品と恰も其性質を同うす可きものなり西洋諸國の確實なる商店若くは製造所に於ては殊に此見本品に注意することにして試に羊毛木綿等の仲買店に至りて見るに見本荷作りには實に一種の熟練を要し元料の高下を雜ぜ合はせて見本と商品との其間に成る可く相違を生ぜざるやう若しも相違の點あらば其所雜の商品よりも寧ろ見本の方の性質を粗にして商品取引の際に臨み得意先きの機嫌を損せざることを勉むるものゝ如し左ればにや賣買雙方に信用を固めて彼の羊毛販賣等の折には實物を市場に持ち出さず主客共に其番號に就て賣買するに至りたるのみ文明國の商賣は斯くなくては叶はぬ事ならんと雖ども我國の商工家諸氏は商賣見本を重んずること未だ此點に達せずして注文を受くること多きに隨ひ之れに應ずる商品は見本に劣ることますます遠きが如き勢なきを得ず即ち博覽會出品人諸氏が商賣品として陳列する者は成る可く精良なるを期すると同時に追て他の注文に應じて成る可く多く其通りの品を調達し得るやうの用意を爲すは彼の商品と見本とを一致せしむるの端緖なる可きが故に來年の内國博覽會に於ては出品人諸氏も豫め此意を體して出品の目的を彼の賞牌取りのみに立てざらんこと余の偏に希望する所なり

之言に次で今一條出品諸氏の注意を乞はんとするは諸氏が博覽會場に於て其出品に不注意なることなり前條にも陳述せし如く博覽會出品の目的は單に賞牌を取るのみに非ず其品の性質効能を多くの縱覽人に示して後來の商賣上に評判を得ること最も大切なる可きが故に歐米萬〓〓〓〓〓に至れば各自出品の前に於て夫れ夫れ其物〓〓〓を置て陳列品の傍に意匠を凝らしたる廣告札を〓〓てその前から取り去るに任ずるもあり或は〓男〓〓〓〓〓之を通行人に配らしむるもあり余は一日或博覽會場を巡り各種商品の直段等を參照する爲め試に取り得る丈けの廣告札を集めたることありしが會場出口に達する頃には色紙殆んど一抱に滿ちて携帶に不便を生じたることあり即ち歐米の博覽會にて出品廣告の盛なること此一事を以て知る可きなり且つ右博覽會場にて出品諸氏の盡力は啻に廣告札のみに止まらず帽子屋は其出品の片隅に陣取りて衆の眼前に帽子製造の手續を示し印刷器械の出品人は會場に蒸氣又は瓦斯機關を据ゑ附けて一時間何萬枚の刷立方を試み色摺器械、折紙器械等を始め縱覽人の求めに應じて或は動かし或は止め其器械力の運行する趣を示すもあり絹織毛織の職工は夫れ夫れ機械を陳列して出品同樣の布帛を織り隨て織り隨て賣り又隨て陳列するもあり紙屋は紙をスキ状袋屋は袋を作り仕立屋は縫針を動かして彫刻師はカチカチトントンの聲を斷たざるが故に縱覽人は種々の出品を見るに附けて直段性質等の廣告札を得、又出品人自身の説明講釋を聞き之れに加へて其出品の製造方若くは運用方を目撃して其由て來る所をも合點し博覽會場に眞實彼の實物敎育を實行するが爲め縱覽公衆の利益する所は一層增加するのみならず出品の傳來効能を明にして公衆の耳目を引くが爲めに出品人自身商賣上の都合より云ふも又後來の便利を得て自他共益、博覽會の効能も是に於てか始めて較著なる可きなり然るに從來我國の博覽會にては出品者は唯その品類を陳列するのみ出品の傍に於て其由來効能を説明するものなきは勿論、廣告札を配布する者さへ見ざるやうの始末にして自品廣告に熱心なる歐米國人の眼より見たらば日本にては何の爲めに博覽會を開きて何の爲めに出品するや殆ど解す可らざる程の次第ならん左れば來年の内國博覽會に於ては出品諸氏も大に此邊に注意して各自出品の廣告札を工風し或は其説明者を置くは勿論西陣織りに長濱縮緬、桐生足利の織機屋等は會場に織り道具を据ゑ附けて其機巧を示すべく七寶陶器の職工畫師或は金銀鼈甲細工其他夫れ夫れの出品家は自から會場に出張して其非凡なる勞力と其精密なる手練とを内外幾百萬の縱覽人に示すの工風こそ肝心ならん右は余が來年の博覽會出品者に對して一二思附きの忠告たるに過ぎざれども今年五月巴里に到りて其大博覽會を一覽したらば重ねて思ひ附くことも多かる可し余は之を品評して追て我が商工業の士人に質すの機會を待つものなり (完)