「横濱に生絲相塲所を設立す可し」
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時事新報に掲載された「横濱に生絲相塲所を設立す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
横濱に生絲相塲所を設立す可し
本年は氣候不順の爲め蠶卵半ば孵化せんとして忽ち又寒冷に逢ひ仇な暖氣に騙されて漸く萌芽を發したる桑は無慈悲な霜に襲はれて蠶兒桑葉共に見る影もなき有樣と爲りしかば養蠶地方中に就き彼の福嶋縣下の如き米價高直の其際に蠶の不作もあらんには相率ゐて饑餓に陷るの外なし只この上は人力を盡して天時の缺を補はざる可らずとて注意萬端怠らざりしに無心の蠶も其好意に感じて昨今成繭の時節に至り收穫は昨年に比して優るあるも劣ることなかる可しと云ふ即ち人力を以て天時に勝つ養蠶業の進歩として見る可きものならん扨て又本年の製絲法に就ては生絲商人に所説ある其中、從來米國向きの生絲は歐洲向きに比較して精粗同日の論に非ずデニール重きは十七八、甚だしきは二十以上（歐洲向き生絲のデニールは十一より十二三までなり）に達する者もあれども近來米國の機業は次第に進歩し轉操法も亦隨て上達するに因りデニール規定に一層の嚴重を加へ本年度は十三より十五即ち十四中心のデニールに非ざれば購買せざる可し云云と米國生絲需要者より通知ありたれば我製絲家は此意を體して米國需要家の所好に投ぜざる可らずとの説あり現に横濱甲九十番シーベルブレンワルド商會にては右同斷の忠告書を此程全國各製絲家に送りたりと云ふ左れば本年の製絲業は右等の意味を含みて一層の進歩を見ることなる可く養蠶製絲年年その觀を改めて農業工業共に發達の兆あれども此農工業者に因りて立派に出來上りたる其生絲を我開港塲に海外各地に販賣輸出する方法は十年一日の如く舊來依然たるを免れず今我生絲輸出額を假りに三千萬圓と見て之を販賣する手續に何か便利を加へたるが爲め五分の得益を見ることもあらば無中に百五十萬圓の有を生じて夫れ丈けの國富を増す可きが故に養蠶製絲の改良法を講ずると同時に生絲販賣の便法を講ずるは最も肝要の事なれども各地方の生絲荷主は其絲荷を横濱に送りて之を其賣込問屋に托し賣込問屋は委托を受けて之を居留地外國商に賣込む其間ペケと云ひ直押と云ひ彼れの自儘なる取引法に支配されて其賣買を終るを常とし日本人同士の取引に於ても亦外商との手合に於ても曾て新機軸を出したることなく又之を出さんとする意なきが如きは我輩の取らざる所なり抑も歐洲商業國にては木綿、羊毛、生絲等金高の商品を取引するに競賣法を用ふるもの多く今英國などに行はるる羊毛競賣の仕組を見るに開市は隔月一回を度とし毎回凡そ一週間競賣を爲すの習慣にして羊毛仲買人組合は銘銘所持の羊毛額並に其格付番號を印刷して之を買入人に配り買入人は各地より開市の塲所に集りて夫れ夫れ競賣を爲すことにして市塲には實物を持出さず唯商品の記號を見て颯颯と賣買するの法なれば開市中取引の廣大なること實に驚く可きものあり特に此開市中は米國より買入注文を英國羊毛仲買人に申込むもの多く今其買入注文の手續を見るに米國ボストン府の商人が英國リヴァプール府の羊毛仲買人に向て其買方を依頼するものと假定して米國商人はボストン府の取引銀行より向ふ三箇月乃至六箇月間にリヴァプール府の同銀行支店若くはコルレスポンデンスを組みたる銀行より羊毛荷物送状と照合の上、隨時若干萬磅までの金額を引出すことを保證す云云の借用状を得て之をリヴァプール府の仲買人に送り置けば仲買人は右商人より羊毛買入の注文ある毎に其信用状の裏面に買入金額を記入して送状持參の上、夫れ丈けの金額をリヴァプールの約定銀行より受取り隨て羊毛を買入れて隨て其金額を受取り三箇月乃至六箇月の期限内に其金額を受取り盡せば米國商人は更に其銀行信用状を得て之をリヴァプール仲買人に送るの順序にして仲買人は競賣に際し米國商人の注文を受けて安んじて大取引を行ふことを得べく一塲の競賣に世界羊毛の相塲を立つる程の次第にして今此競賣法を我國に導き我生絲賣込問屋が横濱若くは神戸等に生絲競賣塲を開き彼の居留地外國商を始め處處より生絲の注文を受けて仲買の業を營むものが之を競買するの習慣を爲さば多くの生絲需要者が一時に一塲に會合して互に其買入を爭ふが爲め一人一人相對して取引を行ふの塲合に比すれば買手たる外國商人も我儘勝手を働くこと能はざるに至らん或は我生絲の不揃にして記號賣買を行ふに適せずと云ふか先つ小仕掛に競賣法を開きて一方には自然の必要に因りて我生絲を齋一ならしめ一方には競賣の習慣を作りて次第に其取引を大ならしむること肝要なる可し聞く横濱貿易商諸氏は同地に共同倉庫を設けて之を生絲荷預所と爲し此荷預所の證状を得れば其預けたる絲荷に對して各銀行より金を引出すの便宜を得、荷預證を抵當として金融を滑にせんと目下頻りに計畫する所ありと云ふ横濱の如き土地柄には最も必要なる仕組ならんと雖ども此仕組を設くると同時に先つ彼の生絲競賣法を設くるか或は更に一歩を進めて生絲相塲所を設立するに非ざれば共同倉庫の効驗も亦大なるを得ざる可し葢し生絲相塲所は之を競賣法に比して規模効力固より同年の談に非ざるが故に我輩は我生絲商人が今日の實際に於て果して孰れを採用せんとするか次號に移りて所謂生絲相塲所の事を研究し其衆評を叩かんと欲するなり （未完）