「大臣大將怪しむに足らず」
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本文
大臣大將怪しむに足らず
我國の古制にては太政大臣を缺位の官と稱し若しも其器に適當する人物なきときは敢て之
に任せざるの例なるよし又位階の如きも一位より八位までの階級あれども其最高級なる正
一位は古來人臣たるものが生前に之に敍せられたるの例なしと云ふ盖し朝廷の名器を重ん
ずるの趣旨にして其精神の在る所は自ら明白なりと雖も後世に至りては時勢の變化と共に
其精神も隨て變じ正一位の空位こそ生前に敍せられたるものなけれ太政大臣の職に至りて
は其人にあらずして往々之に任じ甚しきには子々孫々これを世襲して恰も貴重なる官職を
一家の私物と爲し偶ま他人の之に任ずるものあれば認めて以て異數となすに至れり然るに
王政維新以來政治上には門閥破壞の主義頻りに流行して悉皆世襲の官職を廢し殊に明治十
八年の改革に三條太政大臣が其職を辭し伊藤伯が之に代りて總理大臣に任じたるは古來の
風習を破り匹夫書生の身を以て人臣の極なる重職に昇りたる破天荒にして古今未曾有の大
變革たるに相違なしと雖も今日文明多事の政事に於ては其職位の設ありながら其地位を空
うするが如きことは到底行はる可き沙汰にあらざれば如何なる種屬の人が之に任ずるも妨
ある可らず匹夫にして人臣の榮を極め書生にして總理大臣となるも决して怪しむ可きの事
相にあらず我輩の疑はざる所なれども位高く職重ければ世間の之に矚目することも一方な
らざるものと見え今回山縣伯が總理大臣にして陸軍大將を兼ねたるに付ては其評判樣々に
して或は昔し平重盛が内大臣にして近衛大將を兼任したる前例を引て其異數を云々するも
のもあれば或は高明の室、鬼之を窺ふなどの古語を思出して警戒の意を述ぶるものさへあ
るが如くなれども伯が今の武官中に長老たるの地位よりして陸軍大將に任ぜられたるは猶
ほ伯が今の内閣中の第一流として總理の職に就きたると同樣の次第にして既に其職の設あ
る以上は何人が之に任ぜられたりとて怪しむ可きにあらず况して軍人出身の伯が地位の順
序に由て大將に昇任したるは相當の事なりと云はざるを得ず左れば今日の事體に於て當局
者が職位ともに人臣の榮を極めたりとて云々するが如きは我輩の賛成する能はざる所なれ
ども扨こゝに注意す可きは當局者に爵を授くるの一事なり近來の事例に依れば一たび政府
重要の地位に當りたるものには大將侯爵の恩典ありて其人々が既に政府を去るの後と雖も
世襲の爵位は依然其身を離れずして何伯何子など稱し其一身は勿論其家に伴ふ所の光榮は
永く世間を照らして自から普通の人民と人種を異にするものゝ如くなれども今後政治社會
の新陳代謝いよいよ頻繁なるに隨ひ新進者にして其局に當り重要の地位を占むる者は次第
に多きを加ふる事ならん然るに若しも今日の事例に照らして此無數の當局者に一々授爵の
沙汰もあらんか授爵者の數は益々多くして隨て其光榮も減却し折角授爵の盛意も全く效を
失ふに至る可きこと勿論なれば今後は眞實國家に對して大勳勞ある者の外は全く授爵の沙
汰を止め朝に在りては大臣大將たる者も一旦其地位を去るときは依然たる普通の人民にし
て自他平等毫も異なる所なく門地門閥の餘喘を全く絶息せしむるに至らば維新當初の精神
も茲(玄+玄)に始めて貫徹し以て文明社會の平地に舊物の波瀾を再起するの譏をも免る
に庶幾らんか