「多額納税者互撰の結果」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「多額納税者互撰の結果」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

多額納税者互撰の結果

國會は國民の利害を代表するの塲所に相違なしとして眞實その利害を代表せしめんとする

には如何なる種類の代議士を出さば可ならんやと云ふに世人の知る如く日本は農産國にし

て國内の産物は農産を以て第一となし隨て國民の多數は農を業とするものなるが故に國會

の代議士は土地の所有者より出し國民多數の利害を代表せしめざる可らずとは兼てより我

輩の宿論にして再三紙上の陳述したる事もありしが偶ま偶ま今回各地方に於て行ひたる貴

族院議員多額納税者互撰の結果に就て其當撰者の職業分を見るに總數四十五名の中二十二

名は農にして其他商工等の肩書あるものにても實際は矢張農の本家より出てゝ商工等の姓

を冐したるものも少なからざるよしなれば撰擧の結果は取も直さず農を以て過半數を占め

たるものと云ふ可し抑も撰擧の事たる公明正大君子の爭の外ならざれども既に爭となれば

他を制し敵に勝つの手段肝要にして實際には種々の策略を用ひ又時としては散財の要もあ

る可し而して所謂農を本業とする所の各地方の土豪家は如何なる策略手段を用ひたりやと

云ふに是種の人々は昔し性質の常として撰擧の勝敗に策略の駈引あることを知らず假令へ

之を知るも其駈引に敏捷なるは迚も當世流の政治家に及ぶ可きにあらず又金錢を散ずるの

一段に於ても敢て之を吝しむにあらざれども元來地方富豪家の常として不動産の動かす可

らざるものに富めるにも拘らず眼前に融通す可き金錢は割合に乏しき事なれば此一段の活

用に於ても亦當世流の人々に及ぶ可からず然るに其撰擧の結果を見れば當世流の人は案外

に少なくして土豪家の當撰割合に多し實際には金錢策略の功も思ひの外にして眞實國民の

利害を代表せしめんとの希望、大に勢力ありしを知る可し右は貴族院に列す可き多額納税

者互撰の結果たるに過ぎざれども衆議院議員の撰擧に至りては其關係の大なること少數な

る多額納税者互撰の比にあらず本年より開設す可き帝國議會が眞實國民の利害を代表する

や否やは實に衆議院議員撰擧の結果如何に係るものなれば我輩は其撰擧の結果の猶ほ今回

の多額納税者互撰の結果と同一樣ならん事を希望する者なり