「民業保護の方法 (續)」

last updated: 2019-11-24

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時事新報に掲載された「民業保護の方法 (續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

民業を保護するは可なりと雖も直接に其資本を下付するは危し宜しく利益を補充するの方法を用ふべしとは前號に於て既に讀者の意を得たる所なり然るに我が政府にては如何なる故にや曩に日本製茶會社に二十萬圓を保護し今また同伸會社に四十萬圓を下付せんとて詮議中なりと聞く抑も製茶會社の目的は米國に向て販路を擴張すると共に露國に新販路を開かんと欲するものの由にて固より見込も充分に確かならず假令へ從來の見込ありても新開の當初は自然損失あるを免れざれば政府の保護なくして自立すること能はずと云ふ所より政府にては此貿易品を見捨つるに忍びずして扨こそ恩典の沙汰あるに至りしとのことなれば定めて相應の理由もあらん其當否は暫く別事として之を保護したるは如何なる方法によりしものなるや總額五十萬圓の資本中三十萬圓は會社にて負擔し二十萬圓は其筋の保護に依ると云へば其筋は二十萬圓の資本を保護したるものと見て敢て差支なかるべし會社は如何に誠實にして又業務に勉強すと雖も前日の紙上に陳べたる如く資本保護の法は元來危險の性質を帶ぶるものなれば偶偶結果の完美なることあるも是れは唯意外の僥倖と視做すべきものにして我輩は眼中に製茶會社を見ず兎も角も保護の方法として賛成の意を表すること能はざる者なり鄙見を以てすれば會社の資本には一毫も假さずして茶の原價と運送費と利息とを計算し總計百斤三十圓ならば内〓分かの歩割を定め輸出斤高に〓して其損失を補充し若しも輸出先にて賣却すること能はずして再び本國へ持歸るときは補充金を返納せしむる樣の仕組とも爲したらば稍や妥當ならん歟と思はるれども今は既に痴言に屬せり是れより同伸會社の保護を吟味して其未だ决定せられざるに先だち聊か當局者の參考に供せんと欲す

同伸會社が生絲直輸出に從事したる經歴及び直輸出の大〓なる所以は過日の本紙上に生絲直輸出論と題し掲載したる〓りにして虚心平氣に我が貿易の運命を考へ此直輸出の事業を今より中絶せしむべきや否やと云は〓何人と雖ども之を絶は忍びざるや勿論なるべし然るに同會社は從來年年政府の爲替金何十萬圓を借用して荷爲替取組の便利を得たりしに今年に至りて約束の期限も切れ又政府にても財政を整理することとなりて延期の沙汰も覺束なく所詮自立して業を營むの外なき塲合に至りたれども如何にせん日本の金利は高く米國は安し高利の金を以て低利の金を使用する商人と競爭すること能はざれば彼の商人と同樣に低利の資本を使用せんが爲め政府より四十萬圓を一時に下付せられ之を米國の銀行に預けて信用の基本となし彼地にありて低利の金を融通せんとするに在り盖し同伸會社は横濱にあるが故の其信用は移して米國の金融社會に及ぼすこと能はざればなり成程金利の高低は是非もなきことにして國家百年の利益の爲めに斯る寛大なる資金を給するは政府の外他に求む可らざれども左ればとて四十萬圓の資本を即時に下付すべしとは是れ豈充分に保護の方法を研究したるものと云ふ可けんや我輩が曩に生絲直輸出論中に於て永遠の爲めに此業を保護せざる可らずと論じたるにも拘はらず政府は適當の方法を以て生絲直輸の道を斷絶せざらんことを希望すと述べたる所以は竊に其方法に關心する所ありしを以てなり抑も同伸會社の訴ふる所は金利高低の關係によりて四十萬圓の資本を得ること能はずと云ふに外ならず資本だにあらば素より苦慮するに及はざる次第なれば政府の今日に務むべきは直接に其資本を下付するに非ずして民間の資本をして速に米國に向はしむるの方法を講ずべきのみ即ち日本にては一割以上の利息を見るに非ざれば滿足すること能はざるに同伸會社の事業は五六分のみに止まるとせば政府は其足らざる分を保證するの約束を定め會社をして四十萬圓の資本を民間に募るの道を得せしめ商賣上の損益利害は都て會社の自治に一任するの外なかる可し斯の如くすれば政府は唯數年の間、毎年二三萬圓の金を投して米國に生絲直輸の運命を維持して以て國益百年の根本を固くするに足る可し故に我輩は直輸の道を斷たざらんことを祈ると共に保護の方法に付ては飽までも注意を加へ其目的を空うせざらんことを希望する者なり            (完)