「米國生絲直輸出は細くも其命脉を繋かざる可らず」
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本文
米國生絲直輸出は細くも其命脉を繋かざる可らず
横濱なる同伸會社は去る明治九年頃より政府御用爲替の助を得て米國生絲直輸業を營み來
りたりしが政府會計法の更新に際し今度イヨイヨ其爲替を引上げらるゝに就ては營業上忽
ち金融の行き詰りを生じ事宜に因りては多年仕來りの直輸業を廢するの已む可らざる塲合
と爲りたるに就き先般我政府に向て御用爲替を繼續するか若くは保護金を貸下ぐるか兩樣
何れかの特典を得て直輸の命脉を保續したし云々の情願を申入れたるに政府は其會計上に
於て斯かる金策を辨ずるを難んじ左ればとて多年奬勵したる生絲の直輸を今日只今見殺し
に爲すも本意に非ずイザ左らば横濱生絲商人に謀りて直輸繼續の道を立てんものと扨てこ
そ大藏大臣には此程横濱の生絲商原、茂木等の諸氏を招て其意見を叩きたるならん蓋し大
臣の所望にては横濱生絲商人をして金力を同伸會社に貸し共々その營業を繼續せしむるの
手段に出でしめんとする者の如くなれども同伸會社の患ふる所は其金の少きに非ずして其
利子の低き金の少なきこと是れなり本來生絲は高價品にして之を取扱ふに多額の金を要す
れども目下我國の有樣にては資本は少なく金利は高く諸商業を營むに年利一割内外の金を
使用せざる可らざれども海外諸國は則ち然らず金利一般に低くして通常三四分より四五分
の金を運轉することを得るが故に今我商人が高利の金にて金高の生絲を内地に仕入れ之を
海外低利國に送りて四箇月乃至六箇月の掛賣を爲し其市塲に競爭せんとするは數の許さゞ
る所ならん即ち從來政府に於て生絲直輸業者に對し或は直接保護金を與へ或は御用為換の
便を供したるは成る可く低利の金を給して彼の生絲市塲に營業せしめんとするに外ならず
然るに今や政府に於て其會計法の更新に際し斷然保護の手を引き去り横濱生絲商人をして
同伸會社を助けしめんとするか横濱生絲商人は之を助るに低利の金を以てせざる可らざれ
ども同伸會社の人々も又横濱生絲商も共に是れ日本と云へる高利國の商人にして通常その
營業金に對して一割内外の利子を得ざる可らず尤も横濱生絲商が生絲直輸業より生ずる間
接の利益を計算し今若し直輸を廢止すれば居留地外國商人は我足元を窺ふて益々我儘勝手
を働き其賣買取引上、我れに不利なること少なからず特に我生絲の産額は年々増加の勢あ
り隨て其販路を廣げざる可らざれ共今や米國市塲には一方に歐洲絲、一方に支那絲の競爭
ありて我れ若し其虚を示す時は彼れ直に之に乘じて販路を奪はんとするの恐もあり此時に
當り多年生絲商賣に衣食したる我々は國家の爲に私益を殺ぎて大に直輸業を助け現在一割
以上の金を四五分の間に運轉して甘んじて薄利を受く可しとて目前直接の營利外に公共義
侠心を振起するときは民間有志家の間に於て低利の金を得ることも亦容易なるべしと雖ど
も横濱生絲商人に斯る營利外の大熱心ありや尋常營利的の商人が其營利的の金を以て海外
直輸業を振はんとするか其直輸の利益高は元の儘に増減せずして徒に其利益を配當する金
額のみを多くし當業者をして益々迷惑せしむるに至る可きのみ即ち今日當業者をして益々
迷惑せしうるに至る可きのみ即ち今日當業者の所患は金を得るの難きに非ず低利の金を得
るに於て大に難澁する者にして實際この低利の金は一個商人より得がたしとすれば御用爲
換の便に於て若くは直接保護金に於て之を政府に仰かざるを得ず盖し生絲販賣上の利害は
全國養蠶製絲家は勿論、生絲商人全體に影響する者にして今我生絲輸入額を假りに三千萬
圓と見做し其販賣法の不整頓より五分の利特を減ずることあるも國の經濟上より見て百五
十萬圓の損毛を生ず可きが故に國産を發達するが爲めにも商業を奬勵するが爲めにも政府
が此種の事業に就き其保護法を講ずるは固より當然の事なるべく且つ從來の行掛に於て今
日生絲直輸業の斷絶を坐視す可らざるの理由もあり旁々之を保護するに其辭なきを患へざ
る可し前日の紙上にも我輩の所見は記したれども政府部内の都合に於て今より斷然保護の
手を引き彼の直輸業の存廢共に之を自然に任ず可しと云へば是れ亦是非もなき次第にして
事此に至らば我生絲直輸業者は果して如何の處置に出づるか南無三寶、今は是れまでと覺
悟して準繩に廢業自殺するの所存なるか我輩の所見を以てするに今生絲直輸業を以て一に
之を民間有志家に任ぜんとすれば内外金利の異同もありて充分に營業すること能はざるは
固より言を待たざるが故に政府は更に方法を換へて眞實熱心にして資力ある生絲貿易家に
諭し爰に海外絲况に就き通信を旨とする會社を組み立て之を紐育府に出張せしめて市塲の
景况を探らしめ又此方より差廻はしたる生絲見本品に就き先方より注文ありたる者に限り
之を直輸する手順を立て社費は商況通信料として銘々之を分擔し極々輕便に店先きを張り
て責めて蟲の息なりとも直輸の命脉を繋ぎ置き以て他日を待つなどの趣向も自から一案な
る可し往昔阿蘭國のナポレオンに征せらるゝや我長﨑出嶋に於て其國旗を飜へし居たるを
以て國の命脉を絶たざりしと云ふ今後我政府は生絲直輸業者に對して如何の處置に出つる
やを知らざれども政府も其急を救ふに意なく民間の生絲商人も亦力及はずして自殺の一刀
イヨイヨ其喉に迫りたらば我生絲直輸業者は孤城落日、彼の阿蘭國の故例を學び極々小か
なる出店なりとも紐育府中に存し置きて店頭一竿の旭日旗、直輸の命脉を絶たざるの覺悟
なかる可らざるなり