「政治以外の功勞を表彰す可し」
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本文
政治以外の功勞を表彰す可し
英國倫敦よりの近報に據るに兼ねてエミン パシヤ救助の爲め亞弗利加内地に赴きたるス
タンレー氏は土蠻重圍の間よりエミン パシヤを救ひ出して首尾よく使命を全ふし今度倫
敦に歸着したりと云ふ是れより先き故ゴルドン將軍の裨將にエミン パシヤと云ふものあ
り將軍の命に從て一方の遠征軍を指揮したりしが先年將軍の命に從て一方の遠征軍を指揮
したりしが先年將軍戰歿後も引き續て長驅深入を事とし一朝蠻人の圍中に陥りて死生も定
かならざりしかば歐洲一部の志士仁人の間にエミン パシヤ救助説を出し大探檢〔手偏〕
者スタンレー氏は奮て其救助使に任じて深く亞弗利加の内地に踏み入り率ふる所の數百騎
中、瘴煙癘霧、猛獸毒蛇、野蠻人の鋒鏑に斃たる者、殆んど三分の一にも及たれども健闘
千里終にエミンの圍を解き且其内地の事情を探りて人跡未だ至らざるの地を遍歴し共に首
尾よく凱旋したるは天晴れ暗黒世界にまで文明の一使節とも稱す可きなり左ればにや氏の
歐洲大陸を經て英國倫敦に歸着するや沿道到る處の國々は上は國王宰相より下匹夫匹婦に
至るまで共に其功を偉なりとして歡迎優待せざるものなく英國にては女皇陛下が先づ御陪
食の榮を賜ひ折も折とて倫敦にては恰も交際季節に際して何人か此社會の大立物たる者を
得んとする最中なればスタンレー氏の歸着こそ仕合なれ其處の宴會、彼處の饗應、同氏を
賓客中の最上位に仰く待遇振りは外の視る眼も羨ましく現に倫敦の交際家中にては氏を
Lion of the Season（當季節の獅子王）と稱する由、又或る新聞紙の如きスタンレーナムバ
ーと唱へて氏の使命を全うしたる顛末の記事を特別に印刷して配布したるものあり商家は
廣告にスタンレーの名を假りスタンレー香水、スタンレー煎餅など云へる名目の社會に出
現するに至りたる其評判の高くして榮譽の盛なること如何ぞや蓋し此スタンレー氏はエミ
ン パシヤ救助會と稱する私の會合の使節にして直接政府に關係あるに非ず且つ其世間に
重んぜらるゝはエミン パシヤを虎穴に索めて之を救ひたる武勇のみに非ず從來亞弗利加
の内地たる探檢〔手偏〕其人なきに非ざれども固より廣漠蒙昧にして道德家は唯賣奴の弊
ありと聞くのみ未だ其慘状を審かにせず地理學者は暗黒地方など稱して地圖面に尚不思議
界を存するが故にスタンレー遠征の結果たる此等道德家地理學者に向て裨益を與へたるこ
と疑を容れず今度英國地理學會にてスタンレー氏の爲に大饗宴を開き稀有の賞牌を贈與し
たるが如き即ち之れが爲にして要するに氏の功勞は政治以外に赫々たるものなれども社會
の之を珍重すること前陳の如く昨日九死一生の死に入り胡歌の荒落に起るを聞き猛獸の寨
月に嘯くを見て備さに辛楚を甞めたるものも今日功成りて錦を飾れば萬衆の歡迎優禮を受
け交際社會に持て囃されて衣香扇影中に上客たるの榮譽を得べきが故に男兒宿昔の志、こ
の榮譽を得んとして事功に勇み偉業を遂ぐるも亦謂れなきに非ざる可し顧みて我國の有樣
を見るに功名榮譽は政治上に集まり榮譽の源泉たる王室の餘澤も亦專ら政治界を潤して政
治以外の部分には常に乾燥を覺ゆるが如き我輩の毎度實見する所にして例へば政府部内の
人が洋行若くは歸朝などの折には謁見並に賢所參拜等の特典を得れども商工實業に關係し
て視察若くは企業の爲め海外各地に赴きたる者、或は功成りて歸朝したる者、凡そ此類の
人々にては平素その社會に重んぜられ位地品格共に卑しからざる者にても右等の恩榮に潤
ひたるを見ず尤も此流の功勞に對して推奬敬重の念なきは獨り政府のみならず民間一般、
亦皆然らざるはなく例へば今我實業家中に一種奇傑の士人ありて單身濠洲地方に赴き物産
を探り市塲を求め或は深く内地に入りて後來我貿易事業の爲めに新路を開きて歸りたる者
ありと假定せば如何、其知己朋友は之を賞せん、新聞記者は爲めに一二行の雜報を掲げん、
左れども我交際社會は未だ見ず知らずの人なるにも拘はらず宴を開て共に之を歡迎す可き
や地理學會は其勞を謝して爲めに賞牌を贈る可きや政府部内の人々は之を至尊に奏聞して
拝謁若くは御陪食の榮を與ふ可きや從來の事歴に徴すれば我輩その然るを期すること能は
ず之を要するに我國民は政治以外に功勞あるを知らず之を知るも之を重んずるの道を得ず
官民共に政治以外の功勞を表彰して之れに酬ゆるに十分の榮譽を以てするの意なきが故に
榮譽なき事業には人氣も少なく士人政治を外にして事功を求めんと欲するものなく扨てこ
そ今日我國の實際、實業上に力を用ゆ可きもの甚だ多きにも拘はらず眞實この社會の忠臣
として事に當る者を得がたきことなれ誠に痛惜す可き次第にして今日の急務は政治以外の
功勞に成る可く榮譽報酬を增して實業上に人氣を引き立つるの一事に在りと云ふも可なら
ん即ち我帝室の如き實に榮譽の源泉にして之を國民に潤澤するに政治と云ひ實業と云ひ其
人と事とに因りて厚薄を立つ可き謂れなく勳等勳章は申すに及ばず拝謁と云ひ御陪食と云
ふ等國民の面目たる可きものは政府部内に限らずして廣く全般に普遍せざる可らざるは勿
論、又一般國民も政治以外の功勞に榮譽の報酬をなすことを忘れず上下共に心を盡くして
實業以下民間各般の事業に對し其品位を加ふるの覺悟あらんこと我輩が念々國の爲めに祈
る所なり