「撰擧の後日」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「撰擧の後日」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

撰擧の後日

前號の紙上にも述べたる如く今度の撰擧の案外に好結果なりしは誠に滿足至極なりと申す

可し凡そ事は前例を引くものにして最初に一度惡風を開くときは其風とかく去り難きのみ

ならず回一回ごとに次第に増長するの傾きあるものなり然るに我國初度の議員撰擧に好結

果を得たるは單に一時の仕合に非ず天下後世永く其例に傚ふて餘澤を蒙ること少なからざ

る可し我輩が國の爲めに窃に慶する所なれども勝を好み敗を惡むは人間の至情にして殊に

他人と競爭するの塲合には其情一層深からざるを得ず今回の一擧其表面は誠に無事平穩に

濟みたれども裏面に立入れば一方に勝たる得意者を現ずると同時に一方には負けたる失意

者も多くして無聊に苦しむ其處に數月以來其人々の爲めに周旋奔走したる者の中には壯年

血氣事を好むの輩もある可ければ理の當否は暫く置き只管他を傷けて其不平煩悶を漏さん

とするの餘り失意者を煽動し些細の事に口實を求めて或は法廷を煩はすが如き輕擧なきを

期す可らず左りとては大人しからぬ次第にして却て自家の體面を傷くるものと云はざるを

得ず抑も撰擧の事たる青天白日男子の公爭なるが故に勝ちたるものは固より得意なる可し

と雖も負けたる者も以て辱と爲るに足らず要は唯其手段の公明正大なるに在るのみ然るに

其青天白日の爭に勝を制すること能はざりしとて他の隱微を摘發し法律の庇蔭を藉りて私

憤を所業あらしむるも其隱微に立入りて之を摘發せんと試るは恰も咎に傚ふの手段にして

幸に之に由て法律上に他を傷くることを得るも社會の公論は固より斯る隱微手段に賛成せ

ざるが故に其結果は世の人望を損し人を傷くるの利器は却て身を傷くるにも至る可し既に

男兒の事にあらず又智者の事にあらざれば自ら其身の利害を顧みて大に遠慮する所なかる

可らず且つ又其勝敗なるものは永久の勝敗にして一生涯中、再びす可らざるものなりやと

云ふに决して〓らず議員の任期は四箇年の定めなれば勝と云ひ敗と云ふも〓々四年間の事

にして其曉に至れば雙方ともに平等一樣の地位に復せざるを得ず左れば勝者とても長く其

勝を頼む可らざるは勿論、敗者も一時の失敗に失望して〓〔ルビたん〕慮の計に出づるこ

となく此四年間に於て徐ろに〓日の策を講ずるこそ大切なれ蓋し撰擧の爭は我國人の從來

未だ經驗せざる所にして其これを經驗した〓〓〓〓今回を以て始めとなす事なれば萬事不

慣にして〓〓〓かりしは今更いふまでもなく今日より〓想すれば〓の塲合には斯く斯くの

方略を運らし彼の時機には云々の手段を用ひたらば好かりしものをなど種々の思案も腦中

に浮ぶことならん此思案こそ即ち後の撰擧爭の機を爲すものにして一方に於ては諸種の計

略を工夫すると同時に一方に於て廣く德望を養ふて後日の素を爲す等今後の四年間は今度

の失敗者に取り最も多望の歳月なれば此處暫く其情を沈靜して花々しき戰爭を他年に期し

今回の撰擧の結局をして無事平穩に終らしむるは日本國民の義務と云ふ可きなり