「獨立議員」
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時事新報に掲載された「獨立議員」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
獨立議員
衆議院議員撰擧の結果を見るに各政黨員とも夫れ夫れ多少の當撰を得て昨今はソロソロ合
縱連衡の策を講じ以て輸贏を議塲に决せんとするの趣を呈するに至りたりしが爰に獨立議
員と唱へて議員總數の殆んど三分一を占め其離合集散は以て政界の大勢を動かすに足るも
のあり蓋し此獨立議員とは如何なる種類の人々なるや世間黨派の目を以て視る者は或は之
を無主義として厚き信用を置かざるものなり或は之を無見識として其説の乏しきを預想す
るものなきに非ずと雖も此等は思ふに未だ其實價を敲かざるの即斷にして獨立員の眞面目
を知らざる者なり今夫れ國政上に立憲政治の主義を規則正しく實行せんとすれば政黨を組
織する蓋し止む可らざるの勢向にして其要用も亦夥多なるべしと雖も黨派競爭の常情とし
て行掛りより遂に止むを得ざるの塲合に迫り自から其議論の隱當ならざるを知りつゝも強
ひて反對の地位に立て相讓らざるに至ることなしとせず泰西諸國に於ても免れざる所にし
て即ち事物に利害相伴ふの一例たるべし然るに獨立議員は之に反し唯自家の判斷に任せて
事の當否を辨別するに妨げなきが故に其主張者は何黨何派たるに論なく理義の在る所は隨
意に之を賛成すべく又自家特發の議論を呈出するも勝手にして言論思想の自由は實に此種
の人の特占と云ふも不可なければその所論の公平なるも亦自然の所なるべし、占むる所の
地歩既に此の如くなる上に其人物は如何と云ふに多き中には政黨員が鷸蚌の爭に乘じ依て
以て漁夫の利を占めたるもあるべしと雖も大體を云へば近來我國に於て各地方とも政治の
議論喧しく野の末、山の端までも多少の政黨員あらざるなきの盛況なれば撰擧を爭ふにも
黨派の肩書ある人は自然好都合を得るの有樣にして獨立、中立、無所屬、未詳などゝと云
ふは何れも割合に運動の勢力を妨げられたるの形勢なりしに其間に立て多數を占め當撰の
今日あるを致したる所以のものは必竟その平生の德望大なるの結果と看做さゞを得ず左れ
ば既往幾年の間政論沸騰の折柄に於て定めて屡々〓志家の勸誘に逢ひ共に共に政黨の運動
に盡力せんことの所望を受けたることもあらんに然るに遂に其獨立を今日に持續して實地
の戰塲にも亦黨爭の中間に地歩を占むるに至りたるを見れば此等の議員の胸中には早くも
既に大に見る所のものある可きは疑を容れずと雖も獨立は獨立にして銘々思ひ思ひの意見
を立つるものなれば單に獨立の肩書を見て何れも同意見同臭味の人なりとは云ふ可らず急
進もあらん漸進もあらん實着的もあらん理論的もあらん要するに其獨り立つ所以の大主意
に於て何れの程度まで相互に所見を同しうするやに至ては遠方より容易に測量す可らざる
が故に兎に角に其人々が親しく相接して平生の主義とする所を吐露し利害を叩き盡して爰
に始めて離合を定ること肝要なる可し或は今の獨立諸氏が今日に至るまでは一家の獨立を
守りたりしも是れより形勢を卜して某黨派に混入せんとの决心ならば我輩固より言ふけれ
共之を既往の實跡に徴し又將來議塲の黨爭を慮かるときは諸氏は國の爲めに之に處するの
計なかる可らず現に總數の殆んど三分一を占むることなるに猶ほ獨立と稱して互に其意見
を敲かざるが如きは我輩の竊に遺憾とする所なり今や各政黨の黨員は其勢力を擴張せんが
爲め何れも奔走して怠る者なし獨立諸氏何んぞ特り其獨立を弘大するを思はざるや百名内
外の人士能く同一感なるは幾人ぞ一日の懇談具さに所懷を述ぶ此等を物の相談といふなる
べし