「政黨以外に超然たる内閣」
このページについて
時事新報に掲載された「政黨以外に超然たる内閣」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
政黨以外に超然たる内閣
西洋立憲政治國中英國などの慣例を見るに内閣は實際責任を國會に負ふの風なるが故に内
閣員も反對黨も共に國會議塲に立ちて共に政治上の論議を爲し議員多數の信任に訴へて内
閣を維持するの趣向にして朝野政黨の勝敗は逐次内閣の交迭を爲す可し、之を政黨内閣と
云ふ、立憲政治、國會制度の妙機轉は政黨内閣交迭の斯く順次圓滑に行はるゝの一事に在
れども是れは多年の實驗に因りて以心傳心、國會政治と云へる大機關を運轉するに慣れ又
その間に故障弊害を見ざるに至りたる所以にして今より百餘年前に遡りて同國政黨の有樣
を顧れば黨派の區別も種々にして小天狗銘々一方に威張り爲めに議院の統一を失ひたるの
實あるを見る可し然るに其後年所を經て政黨政治の進歩するに隨ひ所謂木の葉天狗の中よ
り一二の大天狗を出し此大天狗の才略辨論、超然として凡俗の群を抜き他の小天狗に比較
すれば首丈け脊の高きが爲め推されて議院中の先達と爲り幕下の益々加はるに隨ひ院中無
數の小天狗も自から分立の不得策を知り次第次第に團結して其首領の命令に從ひ斯くて政
黨の形の完備するに及んで彼の内閣の交迭も其向背に决するに至りたる者にして今此年來
の習慣に成りたる政黨内閣の組織法を一朝我國に適用して當初より事の圓滑を期するは望
んで得可らざるものならん盖し我日本國には既に政黨の名あれども此政黨が政治上の實務
に當りたることあるに非ず要するに政黨は確立せず多數個々の小天狗は各々その門戸を張
りて一個大天狗の配下に屬せず國會議塲の討論に於ても彼の政黨政治國の慣例に因り黨中
重立ちたる政事家が其黨を代表して説を述べ他は皆な之れを賛成して銘々八釜しく演説せ
ざるが如き議事法を採ること固より容易ならざる可く兎に角立憲政治に於ては所謂初舞臺
の事なれば國會と内閣との關係の如きも亦臨機の變則法に因りて必ず必ずしも他の立憲政
治國に擬すること難かる可し即ち山縣伯の内閣が國會は國民の意向を代表する一機關とし
て立法上之れと相談すれども内閣は政黨以外に超然として至正至公以て黨派論の是非を取
捨せんとす云々と云ふが如き自から一種の臨機案にして既に國會を開設する以上は何時ま
で此臨機案を以て内閣を處することを得べきやは我輩の知らざる所なれども國會開設匆々
の〓、議院政黨の向背に因りて直に内閣の交迭を〓し一進一退動搖極りなきが如き國家の
慶事に非ざる可きが故に如何さま今日の處にて内閣は政黨以外に〓〓〓〓〓〓に國會に〓
して十分その意見を取捨し内〓〓〓〓を〓すると同時に政黨運動の慣例を養ふて次第次第
に純然たる政黨政治に移り又彼の政黨内閣を作るの地歩を開くこと蓋し安全の策なる可し
山縣伯の内閣は果して斯かる决心を以て國會に對するの所存なるか其内閣に列する者は心
に於ても眞實政黨外に超然として政黨紛論の塲所柄たる國會に入ることを避けざる可らず
然るに今の内閣員中松方伯並に青木子は貴族院議員に當撰し山田伯は次點者繰上を以て同
議員に列し又陸奥農商務大臣は和歌山縣第一撰擧區の推撰を以て衆議院議員の名籍に入れ
り斯くて山縣伯の内閣員が貴族院に又衆議院に臨み其平常内閣に論議する所を移して之を
議院政黨中に論じ自然政府を辨護して之に反對する者を駁し一言半句も忽ち政黨問題と爲
るやうの勢あるに當り拙者の斯く申すは何々縣の撰擧區を代表したる一議員として論ずる
なり否、内閣員の資格を以て言ふに非ざるなりなど陳ずるも同一の人に二説ある筈なく現
に大臣の椅子を占むるものが議院の辨論に過不及あれば内閣一同自然其責に任ぜざる可ら
ざるが故に内閣員中一二國會に列する者ありとて政府の議院に對するの勢力には格別の重
みを加へずして爲めに政黨以外に超然たる内閣の性質を妨げ山縣内閣の爲めに謀りて聊か
不利なるのみならず初度の國會不整頓の際、内閣の位地如何に就き議院の中に物論を生じ
て宜しからざる事例を遺すの掛念なきにあらず、知らず山縣内閣は其命脉の續かん限り所
謂超然主義を以て始終一貫せんと欲するや果して然らば今日に於て斷然疑似の形跡を絶ち
其内閣員をして國會議員たるを辭せしむるか左なくば大臣たるを辭して國會議員たらしむ
るか兩者その一に居らしむること至當なる可し我輩は今後山縣内閣が如何に彼の内閣員兼
國會議員たる者を處分するか此一事に因りて以て其内閣の政黨以外に超然たるや如何を判
斷せんと欲するものなり