「初度の議會に於ける官民の覺悟」
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本文
初度の議會に於ける官民の覺悟
議員撰擧の事既に終を告げ議會開塲の期も愈々切迫したるに付き官民ともに益々その用意
に忙しく政治社會は一層の景氣を加へたるが如し蓋し本年の國會は世間一般の兼て待設け
たる處にて殊に其向の人々は年來用意に抜目なかりし事なれども想像と實際とは案外に相
違あるものにて流石の當局者も時日切迫の今日となりては端なく豫想外の事情に遇ひ兼て
の用意も猶ほ足らざる所あるを發見して更に新に工風を運らすものもある可し人生に免
るゝ能はざる所にして其用意も多々益々可なりと雖も徒らに想像を逞ふし斯くもある可し
斯くもせざる可らずとて事の前に用意したりとて實際は案外に出づること多ければ當局者
は事に臨むに當り種々の用意の其外に豫め一個の見識を定め以て萬般の機變に應じて其體
面を保つの覺悟なかる可らず聞く所に據れば政府にては國會に對する諸種の用意中歳出入
の事に就ては細密の點に至るまでも注意を怠らず彼の既定の歳出云々の一事の如き部内の
議論も一ならずして或は法律勅令を以て所謂既定の範圍を定め議會をして毫も喙を容れし
む可らずとの議もありと云へり初度の議會に對して注意の密なるは去ることなれども既に
議會を開きて事を議せしめながら傍より之を牽束するは成年に達したる男子を小兒視する
と同樣、决して事の體を得たるものと云ふ可らず例へば國防の經費の如きは一國の獨立に
關する程のものなれば若しも議塲に於て之が存廢を議するが如き事もあらば實に由々しき
大事なれども我輩の所見を以てすれば全國を代表する日本の議會に於てまさかに斯る無法
の説ある可しとも思はれず若し萬一も斯る無法の决議を爲すことあらんか其時こそは政府
に於て斷然たる處置もある可きなれ然るに平生より萬一の時を杞憂して議會の運動を自由
ならしめざるが如きは却て事の要を得ざるものと云ふ可きのみ抑も政府が國會に對するの
要は先づ國中多數の人望を得て以て其根底を固ふするに在り政府の根底既に固ければ議塲
千百の議論は决して憂ふるに足らざれども若しも其處置拘泥に失し外形の法律に依頼して
他の細事にまで干渉し其擧動を自由ならしめざる如きあらば以て國中多數の人望を得る所
以の策にあらざるのみならず之が爲め却て議會の紛議を多くするにも至る可し我輩が政府
の爲めに取らざる所なれば議會愈々開塲の曉には政府は大に心膽を打披ひて議塲に切て出
で議會の運動を自由ならしむると共に亦自ら其運動を自由にするの覺悟なかる可らざるな
り扨又議會の一方より見るに今の日本には政黨の名ありと雖も未だ其實なく其所謂何黨何
派と稱するものも何れも三々五々の小黨派に過ぎずして渾然たる一團體を成したるものな
し而して是等の黨派の人々もしくは中立と稱する所の人々は從來國會に就て如何なる用意
をなしたるやと云ふに其用意たる議會に出でたる後の用意にあらずして寧ろ議會に出でん
とする爲めの用意に過ぎざりし事なれば愈々今日となりては更に大に覺悟する所なかる可
らず顧ふに互に意見を異にして相統一せざる所の小團體が議會中に分立して互に紛爭する
の不利なるは今更いふ迄もなく多數の議員中には曾て撰擧者に對して誓言の次第もあれば
とて詰らぬ處に力を入れ政費節減吏員減少云々など些々たる細目に渉りて徒らに議論の喧
しきを致すこともあらば却て他の侮を招て議會の體面を損すること少なからざる可し要す
るに本年の議塲には未だ如何なる手筈申合をも定むるの暇なく所謂紀律なきの兵と同樣其
進退は必ず銘々思ひ思ひなる可きに付き直進深入敵陣を衝くは决して策の得たるものにあ
らざれば斯る塲合には唯味方の壘壁を高ふして固く之を守るの外ある可らず即ち本年初度
の議會には進んで政府を攻撃するが如きは先づ二の次となし只管其權利權限の防禦線を守
りて一歩も退かざるの覺悟こそ肝要ならんのみ蓋し我防禦線を守り敵をして一歩も其内に
踏込ましめざるは最初一戰の利益のみならず大に他年進取の力を養ふ所以のものにして議
會の初陣には最要の手段なれば初度の覺悟は先づ此邊に定め置き斯くて次第に紀律の定ま
り士心の一なる其時機を見計ひ大に進取の策を取るも未だ遲とせず我輩は只管官民の無事
を祈りて敢て一言するものなり