「衆議院の議事」
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本文
衆議院の議事
我國に於ける國會の由來を尋ねれば士族が士族流の治國平天下説を抱きて之に文明流の公
議輿論説を混和し以て一部藩閥の勢力を破り以て宿昔青雲の志を滿足せんとするに始まり
之に加ふるに政府部内の事情を以てして其原動力の所在は範圍も左まで廣からざりしに一
朝政論の社會に勃興するに及び非常の速力を以て天下を振盪し野の末、山の果、殆んど隈
なく行渡りて政治に縁なき實業家までも共に共に其聲に應じ陰に陽に賛成の意を表するに
至りたるは政論家の滿足想ひ見るべしと雖も是亦自ら由縁あることにて單に政論家の腕前
のみに歸す可らず明治政府は維新兵馬の餘弊を承けて財政甚だ困難なる上に社會一般文明
の裝觀に酔ひ又その利器を羨み民力漸く涸渇して如何なる經世家も即治の功能を奏するに
苦しみ要は勵精勤儉の外なき塲合なりしかども政府の方針は爰に出でずして各種の小經營
を試み政務の範圍を擴張して繁文の弊に陥り其結果たる利を見ること甚だ稀にして偶々人
民の私權を妨るの事情さへ少なからざる其折柄、漠然たる民間の者共が議會開設と聞き是
れは至極妙なりと同意を表したるまでのことにして其意敢て責任内閣を目的としたるにあ
らず又言論集會の自由を熱望したるにも非ざるや知るべし左れば〓議の我が國民は政論家
の所謂自由權利を知らず又〓〓〓〓を重んずるにも非ずして唯政務をして〓〓の〓〓たる
を勿らしめよ我々をして安樂の境にましめよとの簡單なる一念に止まるのみ更に一歩を進
〓〓〓〓〓果して其希望を滿足せしむるや否やは殆ど〓〓〓〓〓〓〓りしものと云ふも敢
て不可なきが如し故〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓を喚起したる人々のみに非ざる
べしと雖も多數人民の希望果して此の如きものとすれば先づ第一に務むべきは何の邊にあ
るや自家の功名を主とすべきか政體の虚觀を裝べきか、若しも多數人民を奇貨とするの决
心ならば則ち已む、苟も然らざれば忠實を以て之に答へ彼等の望の如く幸福の境界に進ま
しむるの一儀を標準として將來の方法を案すること肝要なる可し或は國家の運命に關する
大問題に至りては議員の責任尚ほ重きものある可しと雖も今單に人民の負望を基礎として
論するも我輩は議會に向て求る所少なからざる者なり
顧ふに二三の團體を始め曩に議員當撰を競爭したる候補者の中には政治に關する平生の意
見を發表したるもの少なからず我輩は之を一讀して何れも其時務に切なるを知ると雖も如
何なる故にや現政府の反對に立て攻撃するの箇條に富み其經世濟民の工風に至ては租税輕
減等の立案に止まるものゝ如し知らず日本の今日に於て政治家の應に研究すべき問題は此
等の外に求む可らざる乎或は邪推に屬するやも知る可らざれども民間には政府と喜憂を共
にする者甚だ稀にして同情相憐まざるは一般の情况ありしが故に政府を攻撃するの論鋒は
何となく喝采を博し一も二もなく我が同志者の如くに思はれて甚だしきは政府攻撃を以て
直ちに自由主義と解釋するさへなきにあらざりしことなれば候補者は之を以て屈竟の手段
となし實は眞成政治家の任務を講究すべき遑なかりしやも知る可らず一時競爭中の方便に
は兎も角もなれども議會開設の後にも亦從來の筆法を以て輿論を動かし政府に抗して自家
の功名を成さんとするが如き始末にては國會開設の主意に背くのみならず所謂斯民を奇貨
として弄ぶものなれば議員の公徳に於て相濟まざることなる可し斯く申せば我議員に對し
て疑がふまじきを疑ふが如く聊か不穩の嫌なきに非ざれども我輩の憂慮する所は議員その
人に非ずして議會その物にあり諸氏一個の私に就て談するときは皆是れ理否曲直を辨する
の明を具へて自から一見識あるべきは我輩の竊に信する所なれども扨互に議會に並列して
一團の議决となすに當ては往々その本來の明を蔽はれ意外の邊に逸出するに至らんを惧
るゝのみ
事の本來は右の如くにして政治家の大義は决して徒に政府を攻撃して功名をのみ是れ求む
るに非ず又議會の本旨は徒に空理に馳せて内閣信任の投票等を事とすべきにあらず共に勿
論のみならず國家の急務まさに然らざるを得ざる所なれば議會の爲めに謀りて最も然るべ
きは政治上よりは寧ろ經世上の方案を工風し例へば民業の奬勵保護は如何にすべきや開拓
殖民の方針は如何すべきや勞力者の始末は如何すべきやなど凡そ此邊より業を起し眞に斯
民をして幸福の境界に入らしめ斯國をして富強ならしむる方法を呈出し情實政府の及ばざ
る所を實行して徐ろに人民の感戴を受くることなれども是れは〓上の希望にして云ふべく
行はれざるやも測り〓うが故に其教を〓れば成るべく事を扣目にして進んで濟民の眞策を
畫せんともせず又内閣を取て代はらんともせず民間の實利害に付て最も切なる障害を除却
するを務め國會をして有名無實の譏を取らしめざるの覺悟なり議員の决心こゝに出でずし
て都て破壞主義に走り從來野に在りて政治社會に言論したる其寫繪を議會に再演し民生の
利害に關する問題は唯原案の出るがまゝに一任して實利外の言論に一時の快を取るが如き
は下策の下なるものと云ふ可し我輩固より國會を忌み嫌ふ者にあらず唯國の安寧の爲めに
豫じめ杞憂を述べて杞憂の果して杞憂ならん事を祈るに外なきのみ