「議會及び黨派の品位」
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時事新報に掲載された「議會及び黨派の品位」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
議會及び黨派の品位
現政府の政略に付ては我輩は啻に政治上に於て同意し難きもの少なからざるのみならず經
世上の事に於ては更に一層心を痛ましむる所なれば之を釐革して富強なる日本國に樂まん
とするは平生の願なれども左ればとて直ちに之を國會に托せんとするものに非ず暫く之を
永遠の計畫として差向き國會に對する所望は前號にも陳べたる通り政府攻撃的の論法を事
として快を一時に取るの下策を學ぶこと勿れと云ふにありて一片の憂衷他念を挾まざるは
讀者に於ても定めて許す所ならん議會の一擧一動國家の利害に關すること固より大なりと
雖も公けの利害論は姑く擱き單に議員その人の品位に就て云ふも自から顧みる所なかる可
んらず言行着實にして濫りに事を好まず假令へ政府に多少の瑕瑾あるも能く之を容れて其
運動を自由ならしむると同時に民間の實利害に至りては守る處を守りて寸歩を退けず針の
刺すが如くならずして槌の破るが如くなるは社會の元老たる議員の事にして自から身の重
きを成す可しと雖も之に反して議員の言論常に實を離れて虚空に走り大にしては憲法論を
喋々し小にしては法律の文字に心を勞し時として輕卒に内閣の信任如何を投票し又時とし
ては委員の撰擧に黨派の爭を以てして時日を空うし却て實際の大利害を忘るゝが如きは國
會議員の品格に於て聊か耻る所なきを得ず蓋し品格の高下は滔々たる愚夫愚婦の左まで注
意せざる所なれども心ある識者の好惡を動かすこと最も切なるものなれば議員の精神は兎
も角も其外形外聞に於て苟も粗暴の跡あらんには輿論の後援を得ること難かる可し國會の
勢力は三百議員の勢力に非ずして單に輿論の後援に依頼するものなるに天下の識者君子の
流は議員の擧動を厭ふて竊に之に背くことありては全體の不利のみならず外國人の如きは
兼て日本の國會に付き多少の疑を抱きたることなれば其不首尾を見て果して然りの一語を
以て冷評し去り吾々日本人は其辨解に苦しむことある可し我政治社會の體面を傷くるもの
なり
右は議會全體に關して立言したる所なれども三百の議員悉く同樣の人物にあらず自由黨よ
り出づるものあり改進黨より出づるものあり曰く大同派曰く國權黨その種類少なからずし
て急激なるもあらん中正なるもあらん中には黨議政紀などと稱して既に政治の意見を公示
したるもあり何れも簡單なる文字にして是非の評論は容易に下し難しと雖も大意に於て美
ならざるものなし此方向にて着々歩を進めて黨勢を張り其大意をして實ならしめんとする
には國會開塲後に於ける一議一論これを苟もす可らず漫然たる學説を租述して體面を裝ひ
又は壯快なる激論を唱へて人氣を買はんとするが如き都て我輩の取らざる所なり要は實利
を保護して人民を幸福の境界に導く者こそ往く往く至大の勢力を占むべきなれば今日の希
望を永く持續して其貫徹するを求むるには唯次第に進歩すべき擴張手段を講ずるの外なか
るべし俄に取急ぎて功を一擧に奏せんと欲するも决して叶ふ可き事柄に非ずして其事成ら
ずして躓くときは他に功を奪はるゝなどなきを期す可からず且つ黨派も亦議會全體と齊し
く議論の模樣に由り大に其品位を落して聲價を損するを免れず品位の下落は黨勢の衰替と
なりて無上の不利なれば我輩は國の安否利害に稽へ又これを議會及び黨派の品位勢力に徴
し議員諸氏が從來の政治界に於ける政談家の論鋒と大に其趣を殊にして度量の寛大ならん
ことを祈る者なり