「會計法補則」
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時事新報に掲載された「會計法補則」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
會計法補則
憲法第六十七條即ち既定歳出論に付ては民間は勿論政府部内に於ても解釋を異にしたるも
の少なからざりしのみならず之を法律として發布すべきや又は臨機應變所謂政治家の伎倆
を揮ふて論辨す可きものなるやに付ても色々評議ありし趣なるが彌々論决せしと見え昨日
官報號外を以て會計法補則として發布せられたり即ち本日の官報欄内に見ゆる通りにして
之を去る二月の始め總理大臣より各省へ訓令したるものと照合するに彼は細末に渉り此は
要領を摘みたる迄の相違にして議會の議を許さゞる三種の歳出費目は毫も變る所なく詰り
議會の會計權限を縮めたるものにして其當然議し得べき金額は凡そ千五百萬圓内外なる可
しと云ふ國會開設の當分成る可き丈け議塲の議を簡にして無事に年所を經過せんとは我輩
の宿論にして即ち此補則の精神も議塲の聲謐を謀るより外ならざれば我輩も竊に之を解し
て心に首肯すと雖も扨公然法律と爲りて發表するに至りては世上の人氣如何ある可きや更
に掛念する所なきを得ず八千萬圓前後の歳出中議すべきもの僅に千五百萬圓位に過ぎず畢
竟已むを得ざるの事情に出づるといふと雖も民間に於ては定めて失望することならん別に
本紙雜報欄内に掲げたる右法律の理由書なるものは憲法の解釋として見るべきに非ざれど
も補則第一條なる憲法上の大權に基ける既定の歳出を議會協賛の下に立たしむるは憲法の
曾て認めざる所なり云々の文句あるによりて推考するときは兼て民間に議論ありし「既定」
の文字の解釋も爰に始めて一决し議會の協賛を俟て後に定まりたるものを既定とするに非
ず憲法上既に既に定まるものにして之を動かす可らず他の法律の結果による歳出又は政府
の義務に屬する歳出などに就ては其法律を左右し又は其義務の性質を辨じて多少の議論も
ある可けれども第一條の如きは自から別段の趣を存し議會に於て如何とも爲すこと能はざ
るものゝ如し唯「既定」の文字を云々するの外なければ隨て或は憲法解釋論を生ずること
もあらん歟次に第二條の法律の結果による歳出に付ては議會若し不服ならば須らく法律を
廢す可しと云ふと雖も其事甚だ易からず假令へ多少の改正を加へて費用を削減することあ
るも到底充分の滿足を與ふ可しとは思はれず又第三條なる政府の義務に屬する歳出に付て
は其費用を類別すること最も易からずして或は議論を生ずることもある可し此補則に據れ
ば各種會社の補助金などまでも第三條の範圍内に一括したれども從來民間の或る部分に於
ける議論の趣を察すれば公債利子の如き政府の信用に大關係あるものは格別なれども苟も
政府の約束したるものなれば一も二も議會の議權外に置くとは如何のものにや疑ふ者もな
きにあらず之を要するに議會は或は既定の文字を講じ或は義務の性質を説き頻々政府の説
明を促がして煩はしきことはなかる可きやと我輩の竊に氣遣ふ所なり
斯く申すものゝ本來議會は此等の既定歳出に向ひ全く議權なきに非ず政府の同意だに得れ
ば他の豫算費目と同樣に議定するを得べきが故に事々しく爭ふにも及ざるが如くなれ共爰
に困却なるは如何にして政府の同意不同意を議會に表明すべきやの一事なり議會が其廢除
削減を議决したる後に不同意なりと云はゞ空しく幾多の時日を費消せしむべし左ればとて
開會に先だち總理大臣が議會に出席して是れは同意なり不同意なりとて一々評議を許し又
許さゞる樣にては議會は全く威嚴なきものとなるべし知らず如何にして之を表明すべきや
思ふに何分の簡便法あるべし我輩は之を發見して由て以て官民間の圓滑ならんことを希ふ
ものなり