「貴族院勅撰議員」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「貴族院勅撰議員」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

貴族院勅撰議員

貴族院は何の爲めに設くるや貴族は其祖先以來國家に對して云々の來歴功績ある者にして

國の政に參與するの特權あるが故なりと云ふは一説なれども然らば共和政治國に於て貴族

の文字こそ用いざれ通常元老院と稱して國の元老長者を集め代議院と相對して互に兩立せ

しむるは何故なりや畢竟今の進化世界に斯かる立法院の成立して所謂劣滅の運命に罹らざ

るは既往の事歴如何に拘はらず現在その入用あるが故にして我輩の所見を以てすれば彼の

貴族院なるものは政府と衆議院との間に立て出來べき丈け其折合を附け且つ彼の衆議院の

議事に於て黨論炎烈、熱火を飛すの塲合あるに當り其上風より冷水を送りて鎮火ポンプの

用を爲し以て其延燒を防ぎ以て其平和を保つの役目あるものなりと信ず今西洋立憲政治國

に於て所謂貴族院を組織する者は位地高く名望重く多くの動産不動産を有して家計富裕な

る人々なれば世に云ふ金持喧嘩せずの流儀にて平和を愛し秩序を重んじ彼の保守主義に傾

き易きは即ち自然の勢にして英國貴族院などの事例を見れば直に此趣を合點するに足る可

し勿論英國の如きは政黨内閣の由來も久しく内閣員と政府黨は常に衆議院の過半數を占め

一朝其過半數を下るときは代て之れを占めたる者が更に内閣を組織するの趣向なれば衆議

院と政府とは影と形との關係ありて此中に論議する所のものは一々政府の反對に出でゝ其

頭腦を疚ましめざるのみか何れも責任ある政治家が坐して言ふべく立て行ふべき議案を議

して是非を議院の過半數に决するものなるが故に此議案が貴族院に廻はりて極端の反對論

に逢ふ可き筈なく近年英國貴族院が衆議院の議决に反對して爭論を生じたりと云ふことを

聞かざるが如き畢竟彼の立憲政治の老成熟達しある結果ならんと雖ども我日本國の國會は

〓〓新開の國會にして政黨内閣の準備とて未だ整頓する〓〓あらず現に内閣員にして名を

衆議院議員に列するものは僅に陸奥氏一人あるのみ左れば衆議院と政府との關係は影と形

とに非ずして或は氷と炭との勢を〓〓〓塲合〓しとも云ふ可らず而して我貴族院は正し〓

〓〓〓に〓〓公平實着に其本分を盡さゞる可らざるが故に由來久しき西洋立憲政治國の貴

族院に比して其責任特に重しと云はざるを得ず然るに我貴族院議員中舊華族並に多額納税

者より出でたる者は位地名望財産等を始め其他百般の事情に於て西洋貴族院の議員と大抵

その趣を同ふすれども爰に一種の新元素とも稱す可きは彼の新華族より出でたるものなり

此人々は王政維新の前後に於て今の内閣諸氏と共に何れも一廉の勳功を立てゝ華族に列し

たる者なれば其政治上の所見に於て卓論高説あると同時に或は一癖ある奇論もあらん或は

不平論もあらん急言促議批評的破壞的の辯を振ふて快を一時に取るものもあらん而して彼

の舊華族並に多額納税者の如き從來居家處世習慣教育等の致す所、高談雄辨四筵を壓する

の氣概に乏しきは獨り我國のみに限らず何れの國にても同樣なるが故に貴族院議員を導き

て眞實本院の職分を盡くさしむるには平和を重んじ秩序を尚び思慮愼密、丁寧に事の利害

を辨析して急激論の渦中より多數議員を救ひ出すやうの人物なかる可らず蓋し此流の人物

は既定貴族院議員中にも全く之れなきに非ざるべけれど既に其人あるに加へて益々之を増

加せんとするは即ち我輩の希望にして申すも畏き事ながら彼の議員勅撰に就ては朝野を通

じて旁捜博求、篤厚明哲の人を得て終生貴族院中に洋々たる和氣を放たしめ西洋立憲政治

國にては政府と衆議院との間に立ちて鎭火ポンプたる可き貴族院が我日本國にては反對に

熱論激説を生じてポンプ自身に火を發せざるやうの覺悟あらんこと國會平和の手段中最も

大切なるものならんと我輩の確信する所なり