「商業會議所論 一」
このページについて
時事新報に掲載された「商業會議所論 一」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
商業會議所論 一
商業會議所に條例あるは如何
山縣内閣は農商務大臣に陸奥氏を得て林政、農政、礦山政等に改正施設の手を下す所あり
しものゝ如く之れと同時に商政一新の端を開かんとするの趣あるは近々商業會議所條例を
發布せんとするの决心あるを以て十分之を推察することを得べし而して其商業會議所條例
なる者は我輩固より之を詳知すること能はざれども傳聞に據りて過日の雜報欄内に掲載し
たる所は其大體の精神として盖し大差なかる可しと云ふ(八月三日時事新報)且つ此條例
文面の外に我輩の更に聞知する所に據るに我日本國の法律制度は歐洲大陸風に傚ひたる者
多く例へば商業會議所にても彼の英國流に發達して自然に成り立ちたる私の會所は民法商
法等を始め其の他我新法律に對して所謂法人〔ルビ・リガルパルソン〕と見做されず斯く
て法律上相當の資格を具へざれば政府が會議所に諮問するにも會議所が政府に具申するに
も萬端不都合なる可きが故に政府は條例の明文に於て商業會議所は法人として財産を所有
する者とす云々と認定して法律上會議所に重きを置かざる可らずとの説は今度商業會議所
條例を發布せんとする其理由中の一要項なりと云ふ理窟張りたる法律論より云へば是れ亦
肝要の事ならんと雖ども本來我輩の素論を申せば他事は差し置き我商業上の諸組織丈けは
特に英國風を導きて形體に於ても精神に於ても共に其向きに發達せしめんとする者にして
終始一貫この素論を變ぜざるは他に非ず元來英國商人は自尊自重の氣象に富み自家獨立に
社會を成して政治社會と相對峙し商業上の法律規則其他萬般の處分に就き獨立に其意望を
示して政治と相容れ相助け以て其社會の品位と繁榮とを維持すれども歐洲大陸諸國にては
商人自治の氣風に乏しく何か會社を起さんとすれば輙ち之を政府に謀りて其保護を仰がん
とし商事公共の組織等を設けんとすれば直に政府に訴へて其干渉の手を引き出し政府を一
體の惠救塲として事々之に訴ふるの趣あり是に於てか我輩は雙方の状態を見較べて責ては
商業組織丈けも彼の英國風たらしめんことを期し平常之を論駁して敢て〓らざる者にして
今我政府の手を以て商業會議所條例を作るが如き歐洲大陸風の筆法として本來我輩の好む
所に非ず商人社會の自治の爲めには寧ろ禁物視す可き程の次第なれどもツラツラ我日本社
會の有樣を見るに封建の遺習、官府を父母として之に依るの氣風は深く民の骨髄に入り世
傳の致す所、一朝にして之を治す可きに非ず近來世上に人民自治、町村自治など云へる言
葉はあれども是れとても彼の英國等にて人民の方より自から進んで自から支配するの自治
に非ず事の起原は學者政事家即ち世上の思想家が西洋自治制の美なるを見て之を羨望する
の餘り先つ自治制を發布して促がして其自治を思ひ立たしめたる者にして自治の蕾は自か
ら開かず彼の條例にて作りたる暖室中にて始めて春を催ほす者なりと云ふも可ならん特に
彼の商業家の如き一己の營利に忙はしくして公共を語るに暇あらず近來この商業家中に所
謂新商人なる者を生じて其社會に多少の生氣を加へたるが如くなれども概して之を評する
ときは彼の朝顔の無力にして獨り自から持することなく走りて他の牆下に縁りて花を開く
ものに異ならず現に我輩は近年來頻りに商業上の自治法を謀り實地其向きの人と談じて商
業團體設立の要を推究したること毎度なれども結局この社會の間柄には種々樣々の事情も
ありて其自治體を作らんとするは一己人の及ぶ所に非ずとて自から斷然する者多し誠に云
言ひ甲斐なき次第なれども人事意の如くならざる十の八九、此不如意の社會に居て獨り絶
對的の美を語るも事實其効ある可らず左れば今日政治社會には國會をも開かんとする折柄、
商人をして自治の方向に進ましむる其當初の刺激力として政府條例の手を假るは是れ亦已
むを得ざるの權宜にして此條例が成る可く其煩苛を避け所謂法律を以て人民を追ひ廻はす
やうの弊なきに於ては我輩は後來の成蹟を期して之を利用することを非とせざる可し即ち
近々發布す可しと云ふ彼の商業會議所條例の如きも果して條例を爲さんと欲せば立法者た
る政府に於て充分此邊の事情を酌み取り商人の自治を妨げずして寧ろ之を發育するやう唯
その大體丈けを定めて其他會議所設立の上これを運轉するの趣向に就ては總べて商人の適
宜に任じ傍より之を箝制す可らざること勿論にして今度は我當局者も此に見る所ありしも
のゝ如く當初同條例の草案は凡そ七十箇條もありて會議所組織上瑣細の部分にも立ち入り
たりしが漸く其繁苛を除きて今は僅々二十餘條と爲し組織大體の要目のみを掲げて餘は皆
商人の自から經營するに任ずるの精神なりと云ふ唯此精神、我輩をして窃に滿足せしむる
者にして獨り商業會議所條例のみに限らず今後我商業上の立法に就ては政府と國會とに論
なく常に此精神を以て一貫せんことを所望するものなり