「政治家と實業家」
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本文
政治家と實業家
立憲政治の國に於て政府に政を執り國會に政を論ずる者は世の所謂政治家にして實業家以
下世間一般の人々は政治家の所爲に目を配りて傍より其進退動作の巧拙を評することあれ
ども自から政治社會に入りて其政を執るものに非ず之を喩へば政治家は役者の如く一般人
は見物人の如し其口跡は甚だ妙なり此所作は穩ならず彼れは多くの人氣に投じて是れは時
勢後れなりなど政治の舞臺に芝居を業とし身を以て之れに從事する政治家の言行を品評し
て思ひ思ひに之を贔負し毀譽榮辱の聲中に各々その技倆を顯はさしむるは即ち見物人の役
目にして其之を見物するの際には所謂芝居心を養ふて役者の巧拙を見分くるに十分の眼力
を具ふること最も大切ならんと雖ども左ればとて身、役者に非ざるものが見物席より舞臺
に出でゝ自から踊ることもあらば政治舞臺は總踊りと爲りて其混雜名状す可らず劇塲治安
の爲めに謀りて美事に非ざる可し左れば彼の實業家以下世間一般の人々は所謂政治思想を
有して夫れ夫れ國會議員を撰み或は當局者の擧動を見て傍より之を品評すること肝要なれ
ども身、政治家ならざれば手づから政治の事を執りて之を職業と爲す可らず政治上の事に
就き見物批評人たるの義務を盡せば退て其本業に返り其私の營利の爲め其社會の公の爲め
專ら盡力す可き筈にして實業社會の人々が長く政治熱に浮かされ自己の社會を整理して其
發達を謀ることを忘れて却て他の政治舞臺に踊らんとするが如き所謂役者と見物人とを混
同したる者にして我輩の窃に感服せざる所なり今や衆議院議員の撰擧も終り實業家以下世
上一般の人々が立憲政治國の人民として政治上に對するの關係に先つ一落段を附けたるの
姿なれば一般政治の事に就ては之を其代議士に依托して自身は專ら本業に復し更に其社會
の事に盡力すること實に今日の急務なる可し蓋し社會の諸制度は互に相聯絡する者にして
今その一部分を變更せんと欲せば全部一齊に釣合を保ちて共に變更の度を進めざる可らず
今我日本國にて立憲制度を設立し國會を立法體として國の政治を評定せんとすれば商工、
學問、宗教等政治以外の社會にても亦その組織を同うして方向を一にし運動を共にし互に
相顧應せざる可らず若しも然らず社會の諸制度中に就き其頭舞とも稱す可き政治の一部分
丈けを變更して其他は舊來依然たるに於ては山の芋が頭丈け鰻に變して首尾その運動を一
にせざると一般、〓〓其釣合を失ふて圓滑に目的〓〓す〓こと固より六箇敷かる可きなり
即ち立憲政治國の〓〓は其社會を組織するの精神をして彼の立憲政治に適せしむる者と爲
し一方の政治上に國會ありて國の衆知識を一處に集め其衆知識を觸れ合せ又た之を引き較
べて其最良なる者を撰み之を衆人の方向として其働を纏むる者あれば實業上にも亦夫れ夫
れの會合法を設けて政治上の國會と相對峙する程の實力を養ひ實業上の法律規則其他萬般
の利害に就ては自から之を評决して意望の在る所を示し政治家に向ては唯その制法の手續
を依頼するまでに止まり他社會人の理論に因りて實業社會を紊さしめざるやう各自獨立の
覺悟なかる可らず凡そ實業社會の事は至て複雜したる者にして其一進一退は人の財産權に
も關係して利害重大なるのみならず此社會の人々は多年の慣例習俗に因り實地圓滑に處世
する者にして其中の甘辛便不便は他社會人に先ちて之を感知する筈にして除弊導利の點に
就ても亦その急所を審かにすること勿論なるが故に西洋各國實業を重んずる政府にては實
業上の法律規則その他萬般の處分に就き利害の關係大なる者は事々之を實業家に謀り其意
望を敬重して獨斷專定に渉らざるが如し左れば實業家の方にても彼の商法會議所を以て實
際その社會を代表するの集合體と爲し此集合體の個々を集めて之を一處に會すれば名實共
に實業上の國會と爲りて其論議評决する所は全國商工業家の意見を代表する者として見る
ことを得べし即ち彼の政治家が此等の意見に重きを置きて事毎に之と相談し實業社会と政
治社會と相對して相助け相長し以て互に其成功を期するものゝ如し然るに我日本國にては
個々の商法會議所が無權力不整頓なるのみならず此個々を聯合して全國の商工その氣脈を
通ずるの趣向なきが故に凡そ商工業上の立法に就ては商工自から實驗に照して其意望の所
在を示し此意望の集りたるものが政府の手を經て始めて條例規則と爲らざる可らざる筈な
るに政治家座上の議論を以て颯々と之を獨斷し又颯々と之を施行し實際この社會の迷惑を
來すこと毎度その例に乏しからず現にプールス條例が既に發布したる儘にして荏苒その實
施を延期し又彼の商法實施に關して近來世上に延期説あるが如き亦以て其一斑を見る可き
なり左れば實業家の方にては差向き其意望を代表するの仕組を設け政治家をして自然その
意望を敬重せしめ實業社會の事に關して傍若無人に立ち働くの餘り往々事を誤りて雙方共
に迷惑するが如き弊害なからしめんこと今日實業家有志家が其焦眉の急務として專心講究
す可きものならんと我輩の敢て信ずる所なり（未完）