「先づ主義を一定す可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「先づ主義を一定す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

先づ主義を一定す可し

帝國議會の開設もいよいよ三箇月の後に迫りたるに付き昨今民間の政治社會は一層の景氣

を加へ進歩黨の合同談と云ひ中立派議員團結の計畫と云ひ其表面に現はれたる處にては何

れも政府に對し議塲に勢力を占めんとするの目的なるが如し而して政府の議會に處するの

方略は如何と云ふに近來頻りに諸種の法律を發布し殊に彼の憲法第六十七條に關する疑問

に對しては其註釋とも云ふ可き會計法補則を發して既定歳出の項目を確定し又集會政社法

を布て政黨政社の取締を嚴にする等其眞意の所在は兎も角も民間に在りて反對の地位に立

つ者より之を見れば恰も法律の利器に據り議會と相對して一歩も讓らざるやの觀なきにあ

らざる可し我輩の所見を以てすれば既に議會を開きて犠政の權利を與へながら傍より之を

牽束して其働を自由ならしめざるは恰も成年者に對して小兒の待遇を爲すと同樣、處置の

當を得たる者とは思はれざれ共又政府當局者の身となりて考ふれば本年の議會は何を云ふ

にも初度の事にして其手心も分明ならざるのみならず以前の事を顧みれば今の議員中には

隨分無責任の説を爲して識者の笑を買ひたる者もなきにあらず是を思ひ彼を思へば議會に

對して十分の安心を爲す能はざるも决して無理ならず左れば政府が今の時に當り大に前途

を苦慮して頻に諸種の工風を運らし或は法律の力に依りて不慮の變に備へんとするが如き

も深く咎るに足らず我輩は唯當局者の氣轉、漫に利器を利することなく如何なる塲合に際

しても成る可く議會の感情を損せずして巧に其間に處する所あらんことを希望するのみ然

り而して我輩は更に大に政府に向て望む所のものありと云ふは外ならず今日より豫め其主

義を一定し同主義の者を以て内閣を組織するの一事なり我輩の素論は屡々紙上にも陳述し

たる如く議會の開設後數年の間は暫く無事に經過せしむるを國家安寧の最良策なりと信ず

るものにして如何なる原因事情に因るも開會早々内閣の交迭を見るが如きは决して喜ぶ可

き事相に非ず又實際に於ても現政府が外部の反對に遇ふて民間の政黨に其地位を讓り渡す

が如きは容易にあるまじき事なれども從來の經驗に依るに政府部内の不平と部外の反對と

相應じて局面を變じたるの例は少なからず昨年の條約改正論に引續き内閣の變動の如きは

即ち内より其端を發したる最近の適例にして内閣組織の方法この儘にてあらん限りは是種

の惡例は决して除去すること能はざるものと覺悟せざる可らず如何となれば今日の如く異

種異色の人を以て組織する所の内閣に向ひ平常無事の日は兎も角も一旦大問題の破裂に際

して合同一致を期するは到底望む可らざればなり蓋し議會の未だ開けざるの前に在りては

假令へ斯る事情の爲めに時として内閣に破裂を生ずる事あるも周旋奔走の間に之を彌縫す

ること敢て難からずして甚しき不都合も見ざりし事なれども議會開設の曉には即ち然らず

外の反對に加ふるに内の應援を以てすれば内閣は恰かも患を腹背に受くるものにして如何

なる智者も防禦の術に苦しまざるを得ず政府の利にあらざるなり政府の利不利は敢て問ふ

所にあらざれども議會の開設早々内閣の混雜を引起す事もあらんか其原因は内外何れより

するも一國の安寧上决して喜ぶ可き事相にあらざれば政府は今より大に覺悟して此後數年

間をば無事に經過せしむるの决心なかる可らず其方法は他なし唯其主義を一定して同主義

の人を以て固く其地位を守るの外なきのみ聞く所に據れば近頃人材網羅策を唱へて今の後

進の若政治家を収用す可しとの議もありと云ふ其眞僞如何は知る可らずと雖も政府今日の

急務は人を集むるに在らずして心を一にするに在り人材多しと雖も其心一ならざれば適ま

以て事を妨ぐるに過ぎず餘事は兎も角も議會開設後の數年間を無事に經過するの方便は政

府が先づ其主義を一定し同主義の人を團結し議會内外の議論勢力いよいよ内閣の更迭を促

すに足る可きの時節到來までは固く其地位を守りて容易に動かざるに在り蓋し政府が諸種

の法律を設けなどして頻りに初度の議會に掛念するが如きも畢竟は無事静謐を希ふの念に

外ならざる可けれども後來政府の患は外の反對に在らずして寧ろ内の變動に在り議會の勁

敵を前に控へながら國家安寧の爲めに能く今後數年間の無事を保つ可きは唯夫れ其主義を

一定し其團結を鞏固にし以て不慮の内變を防ぐの一方に在る可しと我輩の敢て信ずる所な