「東京商工會の議題」
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時事新報に掲載された「東京商工會の議題」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
東京商工會の議題
東京商工會にては本日を以て第一商業會議所條例制定の建議、第二各地商業會議所委員聯
合會開設の手續等を議决するの都合にして其第一議案たる商業會議所條例制定の事は昨年
九月農商務省に於て全國商法會議所委員に諮問したることもあり法律上商業會議所の設立
を公認して商業の自治機關たらしむるは頗る利益ありと信ずるを以て本會は大體に於て該
條例の制定を望む旨を農商務省に建議するならんとの噂なり我輩は商業會議所の事に就き
過般既に本紙上に論陳せし所もあれば今又多言を好まざれども社會の事は恰も音樂の如く
其調子の折合ふて相互に一致するの妙なかる可らず之を稱して合調〔ルビ・ハーモ子ー〕
と云ふ一方の政治社會にて立憲政體の曲を奏し國會を開きて國事を議し所謂代議の組織を
以て人民の聲を發表せんとするの今日、商業社會は相替らず封建時代素町人の調子を改め
ずして低聲卑屈に聞え一方の高音に和して一致すること能はざるに於ては日本國中の聽者
は勿論、海外各社會の音樂家に對しても頗る不外聞なるが故に我商人社會に於て商業會議
所と稱する音頭取りを作り他の調子の緩急を和して互に躁暴の音を發せず全國各社會の合
調中、商業樂の聲優美にも又微妙ならんことこそ望ましければ我輩は政治社會に國會開設
の擧あると同時に彼の商業社會に於ても大に會議所の組織を改良せざる可らずと信ずる者
なり且つ又商人の方より云へば彼の商業會議所をして法律上商人の集會所と爲し商業に關
する法律の改正制定廢止等に就き或は政府の諮問に答へ或は其意見を開申するの權力を得
せしむるは商人の權力に關して自から一段の進歩と云はざるを得ず或は今度の條例草案中
多少の異論を容る可き箇條なきにあらず例へば經費論の如き其一として計ふ可きものなれ
ども大體に於て商人の權勢意見を重んずるの點より見れば新條例の發布は商業社會の面目
を一新するの好機會にして能く之を利用するときは遂には商家自治の根本とも爲る可きも
のなれば兎に角に時機を空うせずして之に同意を表するこそ智者の事なれ斯くて其法文を
實施せんとして實地の不都合を發見することもあらんには既に定まりたる商業會議所條例
の本文に從ひ公然これを政府に開申して其改正を促す可し政府にして果して商業社會を重
んずるの精神ならんには此種の開申を等閑に附することはなかる可し左れば東京商工會が
會議所條例の制定を望んで之を其筋に建議せんとするは商人の擧動に至當なりと思へども
其第二議案たる各地商法會議所委員の聯合會を來る十一月東京に開きて商法修正を議せん
とする其會合の議案を今日に提出したるは如何なる意味か我輩に於ては聊か不審なきを得
ず議案提出者が各地商法會議所と云ふは今の全國十二個の商法會議所を指すか若くは追て
發布す可しと云ふ彼の條例に據りたる新會議所を指すか一方にて新會議所條例の發布を望
む所より察すれば新會議所員の聯合會を開かんとするの意なるが如くなれども條例は未だ
發布せず且つ愈々發布したる後、從來十二個の會議所が更に十個に減ずるや或は二十個に
增加するや夫れさへ慥かならざる今日に當り何に由りて聯合會を起さんと欲するや勿論商
業會議所の基礎を固めたる以上は全國互に氣脈を通じて聯合會を開設し宛然商業上の國會
ならざる可らずとは我輩の持論にして現に目下佛國商業會議所にて伊太利生絲に課税(現
法にては生絲一キログラムに付き一法を課す)するの非を論じ近々全國會議所の聯合會を
開きて之を議决する都合なりと云が如き差向き海外の一事例にして商業上重要の問題を議
するに會議所が聯合會を開設するは固より必要ならんと雖も新會議所條例を望んで其條例
さへ未だ得ざるに當り更に飛び越えて其會議所の聯合會を開かんとするは寧ろ大早計に非
ずや隴を得て蜀を望むは人情の自然、我輩の怪まざる所なれども今日東京商工會が未だ隴
を得ざるに先ち飛び越えて蜀を望むが如き我輩の窃に不審とする所にして我輩は先つ同會
に向て一に得隴の策を定めて漸く取蜀に及ばんことを敢て勸告するものなり