「商業會議所條例發布したり」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「商業會議所條例發布したり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

商業會議所條例發布したり

兼て世上に風聞したる商業會議所條例は法律第八十一號を以て昨十二日發布せられ其箇條も大抵我輩の臆測したる所のものに異ならず(去る八月三日時事新報)全體この條例に就ては我輩に於ても最初より特に異議あるにあらず商業社會の人々が公然たる一種の合衆體を成し商業の利害に付き政府に向て公けに其意見を述べ政府も亦これに重きを置て時々諮問することもある可し兔に角に國に大切なる商賣の事に關して官民雙方の氣脈を通ずる方便なれば商賣の思想に乏しき日本政府をして大に發明する所あらしめ又商人の方に於ても雙方の情を通ずるが爲めに法外なる干渉を免かるゝの利益もある可し此條例にして首尾能く實際に行はれなば或は我が商業社會の面目を新にするの一助にもなる可しとて贊成の意は表したれども條例中經費の一段に至りて我輩は最初より其實際に適するや否やを懸念する者なり條例第十九條に

 會議所ノ經費ハ會員ノ撰擧權ヲ有スル者ヨリ徴收ス其徴收方法ハ會議所ノ議決ヲ以テ地方長官ヲ經由シ

農商務大臣ノ認可ヲ受ク可シ經費ヲ納期ニ納メサル者アルトキハ其地ノ地方税收入役ニ囑託シテ之ヲ徴收スルコトヲ得收入役ノ督促ヲ受クルモ經費ヲ納メサル者ハ會員ノ撰擧權及被撰擧權ヲ四箇年以上八箇年以下停止シ尚ホ二百萬圓以下ノ過料ニ處ス

とあり又其第五條に

會議所設立地ノ商業者ニシテ所得税ヲ納ムル者ハ會員ノ撰擧權ヲ有ス

とあれば設立地の商業者にして所得税を納むる者なれば必ず會議所の經費を負擔せざるを得ずとの意味なるが如し、若しも第十八條の文に經費は撰擧者より徴收すとあれば撰擧權を放棄して投票せざる者は經費の負擔も免かるゝことなれども撰擧權を有する者よりと記したるが故に投票するとせざるとに論なく是非とも經費を課せられて怠る者は二百萬圓以下の過料に處せらるゝことならん此事果して商業者の身の有樣に適して滑に實際に行はる可きや隨分易からざることなる可し聞く東京市中にて商法第四條に掲げたる商取引の各部類に屬する商人及作業人即ち商業者と稱して今度の撰擧人被撰擧人たる者を計れば其數凡そ一萬人の見込なりと云ふ然るに此一萬の商業者中には種々樣々の人物を混合して女戸主もあれば病身者もあり當世流の紳商もあれば古風無學の素町人もあり資産も同じからず思想も同じからざる其中に多數を問へば依然たる舊時の町人のみにして商業會議所の利益を了解して商人の體面を張るなどの考を抱く者は百中の一に過ぎず即ち一萬人中共に文明の商事を語る可きは僅に一百人なる可し左れば殘る九千九百人の身に取りては會議所の有無は毫も痛痒を感ずるに足らず、身に痛痒なくして會議所の經費は負擔せざる可らずと云はるれば其感覺は恰も新に臨時の税を課せられたるものに異ならざる可し本來條例の精神は僅々の錢を拂ふて商業社會全體の基礎を立てんとするものなれば其價固に安しと雖も其物の性質を知らざれば無代價にても不用なりと云ふは人情の常なるが故にいよいよ會議所を組織して經費徴收の實際に至らば俗論喋々頻りに不服を唱へ甚だしきは俗に云ふ赤螺屋皺右衞門の連中が御上樣へ會議所税の減免を歎願するなどの奇談はなかる可きやと我輩の竊に心配する所なり但し條例中にも徴收方法は會議所の議決以てとあれば其議決次第にて或は穩に行はるゝこともある可し兔に角に他日其實地の事情を見て更に論ずる所ある可し