「在海外日本人の社交法」
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時事新報に掲載された「在海外日本人の社交法」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
在海外日本人の社交法
左の一篇は去る六日日本經濟界が墺國駐箚全權公使渡邊洪基氏の送別會を芝愛宕館に開きたる其席上にて高橋義雄氏の演述したるものなり
在海外日本人の社交法 高橋義雄
西洋と日本とを比較して社會に著しき相違あるものは社交の繁閑即ち是れなり西洋にては人を社交的の生物なりと稱する其言葉に違はず日常人に接するを以て人間の快樂なり義務なりと思ふものゝ如く今中以上の家族に入り其晩餐の席を見れば主人の好尚如何に因り或は學者或は技藝家或は懇親の友人など往々その座客となり相共に談笑して一夕の歡を盡すもの多く是れより規模を大にすればソワレと爲りコンバルサゼオネと爲り互いに招き招かれて其賓客の盛んなるを誇るは彼の國一般の人情にして其人情の極端を申せば妙齡二九の美婦人が社交の手廣き一點を見込みて齒搖き頭禿げたる老翁に嫁し此一方の不愉快を以て其社交上の野心を滿足するの愉快を買ふものさへなきに非ず此他、國の異なるに隨ひ集會の方法も種々なれども協會と云ひ倶樂部と云ひ類を以て相會して社交の繁多なるを悦ぶは何れも同一樣にして國風此くの如くなれば彼の學校教育の如きも亦學問研究のみを旨とせず師弟會食談話の際に自然と交際法を會得せしめて他日社會に出づるに當り社交上紳士として恥しからざる程の修養を爲さしむるは人の能く知る所なり斯くまで社交を重んずる國柄に入りては假令へ尋常學生たりとも單に讀書のみを以て目的とせず成る可く多くの人に接して談話の間に智見を開き又其人情風俗を知り機會もあらば日本人の性質竝に國情等を語りて我國を西洋人に知らしめんと盡力せざる可らず況んや彼の國の事情を取調べんとする觀察者漫遊者と稱するものに於てをや尚ほ況んや外交の局面に當り樽俎の間に談笑して國交際の平和圓滑を謀らんとするものに於てをや日本流の蟄居籠城主義を破りて氣根強く交際社會に出づるの覺悟なかる可らざる筈なれども今日の實際に於て往々反對の報知に接するは餘の大に失望する所なり而して其最も著しきものは先頃英國リヴァプール府の我名譽領事ボース氏が其日本美術館の開館式を擧行したる時の場合即ち是れなり抑も此ボース氏は千八百六十七年ナポレオン第三世が巴里府に萬國大博覽會を開きたる其折、同會に陳列したる日本美術品を見て其優美高尚なる世界萬國に卓越するを看破し是れより大に日本美術品を蒐集するの念を起し其家産の富裕にして最も斯道に篤志なるを以て美術品網羅力の盛んなること歐洲諸國中にても殆んど其比類を見ざる程なり凡そ人として或る品物を愛すれば其品物の傳來する所を究め併せて其産地を愛するに至るは即ち人情の自然にして氏は我美術品を好みたるより次第に其歴史を究め又其國民を親むの情を起し今は美術品を愛するの愛を移して更に日本國を愛するの愛と爲したるものゝ如し左れば氏が來遊の日本人を厚遇し日本の爲めに得らるゝ丈けの好評判を得んとして幾多の勞費を顧みざるが如き我日本國より云へば世界廣しと雖も又と得がたき國友なりと云ふも可ならん日本に對して斯かる縁故あり功勞ある人が然も日本美術館を新築して其開館式を擧行せんとするに際しては在英國の日本人は何事を措きても其式に參して成る可く其盛擧を助けざる可らざる筈にして氏も亦斯くある可しと思ひたりしが二十幾通の特別招待状を出し特に身分ある人々へは前々より理由を通じ置きて切に其臨場を乞ひたるに在英の日本人は之れに對して一名も參席せざりしと云ふ凡そ人間不愉快なる事多けれども親切を盡さんとしたる其人より不親切にさるゝ程、不愉快なるものあらず清少納言の枕草子に「あそびをもし、見す可き事もあるに必ず來なんと思ひて呼びに遣りつる人の障る事ありてなど云ふて來ぬ口惜し」とは穿ち得て妙なる言葉にして日本の人が社交を重んずる國に在りながら己れに親切を盡さんとする人に不愉快を與へて口惜しがらるゝ人と爲りしは扨て扨て口惜しき事ならずや或説には斯くも日本人が打揃ふて缺席したるは何か其時の事情に捨置き難き理由のありしことならんと云ふ者あれども其物の輕重は之を見ること易し假令へ多少の理由あるも其理由は以て缺席の不都合を免すに足らず畢竟閉居主義の日本人が開館式など云ふ場所を面倒なりと思ふて之を避けたることなる可し誠に無毒淡泊なる考なれども斯くては其相手方が我れに盡さんとする熱心も次第に冷却するのみならず頻りに交際社會を避けて其中の事情に通せざれば世間交際上に於て往々手落ちを生ずるに至るは亦是非もなき事なる可し現に千八百八十七年英國女皇即位五十年祭の折、世界各國何れもジユベリー プレセントと稱して種々の贈物を爲したることあり此贈物は一昨年グラスゴー萬國博覽會に陳列せられたるを以て之を一覽したるに世界各國名の知れざる者までも其贈品を爲さゞるものなく支那の如き政府は勿論、人民の發起に係る寄獻物さへありたるに然るに兼ねて美術國として斯かる場合には人目を驚かすならんと思ひたる其日本よりして何の贈物をも爲さゞりしは案外にも又失望の至りなりき英國女皇陛下とても英國政府の顯官とても又一般の人々とても總て是れ有情の人にして斯かる目出度き折柄に何か著しき贈物に接して誰れか其厚情を謝せ
ざるものあらんや或は國交際上の點を離れ單に我美術の爲めに謀るも日本より女皇への贈物なりとて風雅優美なる美術品が或は萬國博覽會に或は宮殿中（ジユベリー プレセントは目下ウヰンブル カツスルに飾り置けりと云ふ）に飾られて幾百萬人の目に映じたらば日本美術の聲價を擧げて上流人の好尚にも影響することありしならんに當時此邊の注意なかりしは畢竟其向きの人々が常に社交に加はりて其社會の評判を耳にし所謂多分に洩れずして人に後れざるやうの機轉なかりしが故なる可し左れば在海外の日本人は外交官も商賣人も漫遊者も遊學生も充分社交を重んじて出來得る丈けは之れに從事し情俗を知り見聞を開き兼ねて我日本國を西洋人に知らしむるの覺悟こそ肝要ならん然るに今や渡邊君は墺國駐箚全權大使として不日赴任の途に上らるゝと云ふ君が日本社會に於て交際の最も手廣きは人の能く知る所にして此際我外交法は勿論、其私交上にも一生面を開き在歐洲の日本人を率ゐて其社交法を一變するは蓋し君の任なる可し因て〓劣を顧みず一言所感を陳するものなり