「 東京商業會議所發起會 」
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時事新報に掲載された「 東京商業會議所發起會 」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
東京商業會議所發起會
農商務省にては曩きに發布したる商業會議所條例に據り先づ東京を始めとして新會議所を設立せしめんと希望するものゝ如く同大臣は去る二十日を以て府下知名の商業家を同省に會し會議所設立の必要を説き之を設立するの方法に就き商人の自進發起を所望す云々の旨を述べたれば商人に於ては其方法如何に關して更に評議を盡くさんが爲め明二十七日を期し銀行集會所に會合するの豫定なりと云ふ我輩は日本立國の主義を所謂尚商と定めんとする者にして今後我商業社會に眞正有力なる商業會議所を得るは其手段中の一箇條ならんと信ずるが故に條例既に發布したる以上は首府東京の商業家は勿論、全國各地の商人も速に其設置の評議を定め實地條例を活用して商業社會に自治の機關を作らんこと最も希望する所なり左れば明日銀行集會所に參集する人々は評議一决會議所發起人として其發起を請願するの所存なるべく追て政府の允可を得れば夫れ夫れ條例の制規に依り若干名の會議所員を公撰するの手順なるが故に會議所發起人たる者は必ずしも會議所員たる可きに非ざれども名を發起人中に列する以上は衆望の歸する所、自然多數の投票を得て其會議所員たる可きこと固より疑を容れざるなり即ち發起人たらんとする者は商業會議所を設置して此社會の意見を代表するの機關と爲し政府に對し國會議院に對し商業社會一般に對して充分なる信用と勢力とを養ひ我商業家の品格を高めて事業に重きを加ふることを期し眞實會議所の必要を感じて大に盡力するの决心にて其發起人たらざる可らず農商務大臣閣下の御説諭なれば一寸顔丈けを出し置かんと云ひ、或は何某の名も見えたれば交際上自分も發起人たるの名を貸さんと云ひ、從前の行掛り是非なしと云ひ、面倒なれども辭し兼ねたりと云ふが如き浮薄無情なる考を以て發起人と爲り亦隨て會員と爲り月に何回の集會にも多くは席を缺き始めより盡力の意なくして發起人中に列するが如きは巳を欺き人を欺き商業社會の實利を抛棄する者なりと云ふ可し聞く所に據れば我政府にては從來商業會議所中に代言人若くは書生流の人物を交へて實業上に疎遠なりしが爲め今度は新會議所に第一流の商業家を網羅するの希望ありと云ひ我輩も亦其然るを希望して止まざる者なれども商業家の顔のみを揃たりとて此商業家が實地社會の公益を思ふて之れに盡力するの考なければ名實正しく相齟齬して辛苦設立したる商業會議所も全く無効に屬す可きのみ故に商業會議所中に第一流の商人のみを集めたきは山々の所望なれども若し此第一流の商人が心の底より奮發して力を致さんとするの决心なくんば第二流第三流の商人にても兎に角に事に志ありて責任を果さんとする程の熱心家に依頼せざるを得ず左れば明日銀行集會所に會合して東京商業會議所發起人たらんとする者は今日の時勢に遭遇して我日本國中に商業社會なるものを獨立せしめ推して尚商立國の實を擧げざる可らずと充分その心に誓ひて然る後に之れに列するの覺悟あらんことこそ願はしけれ、附合と云ひ體裁と云ひ心にも無き追從輕薄の爲めに會議所の發起人に加はるが如きは我輩の取らざる所なり又この商業會議所にては會員總數の五分の一に相當する特別會員を撰擧する筈にして今東京市中にて商業會議所員を五十人とすれば十人の特別會員を撰定せざる可らず而して此撰定に就き最も注意せざる可らずと申すは凡そ商業家のみを會して商業上の事を議せしむれば目前自家に直接する實地問題のみに偏して十年二十年の大計は之を漠然に附するの恐なきに非ず即ち學者流にして商業上の利害に着目し經濟的の思想に富みたる人を特別會員に撰定し永遠理論上の考を目前實際的の事に交へ互に抱合密着せしめて一方に偏せしめざるの覺悟なかる可らず又この商業會議所にては文筆あり見識ある人物を得て内外の通信、文書の立案其他一切の事務を幹せしめざる可らず是亦撰定の易からざるものなり蓋し商業會議所員は夫れ夫れ營業ある者にして熱心の程は淺からざるも法律經濟上の調査等に就ては自ら不得意なる向きもあらん其邊に就き充分の下調を爲して以て所員の參考に供し其採擇を待つ迄の順序を立つるには此道に鋭敏なる人を得て其力に頼らざる可らず會議所を船に喩へて商業海に進行せんとするには尋常乘組員の外に專門の航海學士と水先案内の必要あることゝ知る可し是等は獨り東京商業會議所に限らず今後追々設立せんとする日本各地の商業會議所に通じて論ず可きものならんなれば我輩は玆に一言して當局商業家の注意を乞ふ者なり