「國情發表の手段を講ず可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「國情發表の手段を講ず可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

國情發表の手段を講ず可し

今の世界は是非曲直疑似多端なる世界にして此際己れに都合よき意見を聲高く勢鋭く先づ世上に發表する者あれば世界の輿論を動かして他を壓倒することを得べし左れば今我日本國も世界各國と交際を開きて世界の月旦評中に是非の評價を得べきに就ては國中狭き區域に於て低聲に理窟を言ふのみならず世界交際の繁多なる國に適當なる有志者新聞紙等を得て我國の利害を代表し公平實着に論辨せしむるの手段を講ぜざる可らず勿論我輩は事實を誇張し失策を辨護するの意あるに非ず有りの儘の事實を有りの儘に論じ虚實混合他人の爲めに誣ひられて冤枉屈辱を蒙らざらんことを期する者にして此事を思ひ附きたるは固より一朝夕の故に非ず現に今より數年前清佛葛藤に引續きて日清交渉の起りたる時にも西洋諸國の新聞紙をして此兩國間の擧動に付き偏頗の見を抱かざらしめんが爲め海外諸國中に於て我利害を代表するものを得ざれば支那の如き春秋戰國以來の筆法を以て隨分外交術に抜目なきが故に彼れ若し我先を越すときは他日噬臍の悔ある可しとて毎度卑見を述べたる事ありしが此言當局者に通ぜずして今日に至るまで未だ曾て其實行を見ざるが如き我輩の竊に痛惜する所なり今新參の國を以て先進文明國中に其頭角を露はさんとするには非常の苦心と勞費とを辭せず官民共に力を協せて之に從事す可き筈にして現に彼の伊太利國の如き一時國内土崩して強弩の末勢、魯縞を穿たざるの觀を呈したれども古今羅馬帝國の歴史は今尚煥々然として遺烈を天下の人心に留め其歐洲諸國に知らるゝは固より我日本國などの比す可きに非ず然るに近時伊太利國の評判は寥々として久しく世に聞えず其統一後に至りても之を齒牙に掛くるものなきの勢を成したれば伊太利中憂國慷慨の士は自國を歐洲列國中の一として其外交上に伊太利問題と云へる者を加へざる可らずとて官民共に苦心盡力する其中に志士カブールなる者あり自から英國倫敦に赴きて身を交際社會に投じ時の宰相パーマーストン卿の知遇を得、其幕賓として卿の外交政略上に助言する所少なからず當時カブール政略と云へる言葉の行はれたりしもカブール氏がパーマーストン卿の袖に隱れて陰に其政略を獻じたるが爲めなりと云ふ時の宰相の知遇を得ること〓に此くの如くなれば社會一般人にも尊重せられ交際談話の間に於て自然伊太利の評判を高くし或は新聞紙上に於て或は国會議院に於て往々伊太利問題を生ずるに至りたればグラッドストーン氏は自から伊太利に赴きて事實調査の上、歸り來りて所見を國會議院に述べたるもの即ち伊太利演説とて最も有名なる者にして是より其後、伊太利の名は次第に歐洲諸國に響き渡りて今日の位地に達したりと云ふ昔より歐洲諸國中に其名を轟かしたる伊太利國さへ一朝國家の否運に際して名聲費久しく聞えざれば其同僚國に忘却せらるゝこと此くの如く其忘却せられたるものを更に回想せしめんとするに非常の苦心盡力を爲すこと亦實に彼れが如し然るに我日本國の如き歐洲諸國の人々は從來その名さへ知らざりし程の次第なれば今や諸國と交際して我眞意眞情を知らしめ社會進歩の状態を知らしめ我法律裁判の下に西洋國人を生息せしめて聊か差支なきに至るまで充分了解せしめんとするには官民共に勞費を厭はず國の全力を傾けて氣根強く目的を達するの覺悟なかる可らず左なきだに從來我國に居留する外國人などは彼の治外法權を笠に被て我儘勝手を働くを利とし成る可く此状態を永續せしめんとして本國に通信する所見中にも實を盡さゞるの趣なきを得ず一回營利的人の心眼を經れば我國の事情を反射するの光線も亦種々に屈曲して先方に映する所の者は決して實の寫眞に非ず即ち海外の見物人を誤りて彼等の心中常に我國に不利なる判斷を生ぜしむるは毎度有り勝ちの事にして我條約改正等に就ては之れが爲め既に多少の障碍を與へ今後も亦與へんとするの恐なきに非ざれば我國情の有りの儘を海外諸國に通知するに適當の方法を工風すること正に今日の急要務なりと云ふ可し而して此方法如何に就ては其説樣々ならんと雖ども我輩は在歐洲の日本公使館を倫敦、巴里の二箇所位に集め此二箇所の公使館には特命全權公使として屈指の大政治家を派遣し置き交際費萬端諸外國公使館に愧ざるやう充分支給するは勿論、この公使館と關係を持たせて日本人にても外國人にても兎に角有爲異常なる交際家を置き之を交際掛として日々宴席、〓樂部等交際社會に臨ましめ或は新聞記者と相知り或は政治家輩と交はり日常談話の其際にも我國情を説明し或は時に所見を記して雜誌新聞紙に登載する等苦心勞費を吝らずして交際社會に働きたらば假令へカブールの流亞たる能はざるも日本の國名を發揚するに於て相當の實効を奏するは固より疑を容れざるなり歐洲諸國に公使館を置きて其數の多きが爲め孰れも不十分の者と爲さんよりも成る可く其數を少くして其働を大にするに若かずとは識者の夙に承認する所にして其細目に關しては我輩更に卑見を陳するの日ある可しと雖ども今や條約改正談に付き居留外國人などの報告も追々西洋諸國に達し我國に不利なる謬説誤傳の先づ彼の耳に達するの恐なきに非ざれば此際官民有志の人は充分に其心を用ひて多少の勞費を顧みず西洋諸國人に向て日本の國情を發表し是非曲直疑似多き世界に冤枉屈辱を蒙らざるやう先づ其策を講ずること實に焦眉の急なる可し我輩は此説を持すること久しく之を數年前に述べて當局者の用ふる所と爲らず今又之を喋々するも馬耳東風の待遇を受くるは自から知らざるに非ざれども國の爲め激切屏營の至りに堪へず敢て之を今日に反覆して我國人の注意を乞ふものなり