「政府委員」
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時事新報に掲載された「政府委員」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
政府委員
國會の議塲に於て議案の趣旨を述べ又これが説明を爲すものは國務大臣及び政府委員の職任なり而して國務大臣は其身固より其責に任ずるものなれば時としては親ら議塲に出席して説明するの要あるは勿論の事なれども今日の事情より推測するに大臣が親ら説明の勞を取るは餘程差迫りたる塲合のみにして大抵は政府委員に於て任に當ることならんなれば其委員には如何なる人物を以てす可きや世人の常に關心する所なり聞く所に據れば委員の事に就ては政府部内にも種々の説ありて或は各省の次官を出す可しと云ひ或は各局長に命ず可しと云ひ或は又法制局員をして之に當らしむ可しとの説もありと云ふ何れにしても政府の都合に由ることなれども苟も政府委員として議塲に現はるゝ以上は其身は即ち國會に對し政府を代表するものにして其一言一句も容易にす可らざるは云ふまでもなく論辨討難の其際には言語擧動の如何に由りて知らず識らずの間に他の感情を惡くし意外の邊に間違を引起す事もなきにあらざれば其人撰は頗る困難なりと云はざるを得ず抑も議案説明の任に當るものは第一其當局の事に明なるを要するは勿論なれども議塲に立ち千百の質問に應じて一々事の條理を辨ずるには當局の事に明かなる其上に大局の利害に通じて且つ細に事理を分析し他をして十分に合點せしむる丈の才識なかる可らず然るに世間普通の例として所謂事務家なるものは必ずしも大局の利害に通じ且つ事理を分析するの伎倆を兼ぬるものゝみならず〓〓の人にして説明の任に當るときは其職を盡すの一點に於ては差支なかる可しと雖も堂々たる國會の議塲に於て政府を代表する委員と人民を代理する議員と雙方相對するの日には其間に自ら外觀の體裁なき能はずして一方は議論風生席を捲くの勢あるに反し一方は小心翼々として只管他の質問に應答するのみなるときは實際は兎も角も外より見れば何となく威重を損するの觀なき能はず政府の利にあらざるなり左れば今の政府中にて腕利と稱せらるゝ若手のものを出して之に當らしめんか是流の人物ならば才辨もあり當今の事理にも暗からずして殊に年少氣鋭、進取の氣象に乏しからざれば議塲に出でゝ説明の任に當るなどは最も得意とする所ならんなれども唯患ふ可きは壮年の常として英氣の發する所、自ら其鋒鋩を抑ゆること能はず強辨博議、事理を説明するに餘念なく他をして心服せしむること能はざるのみならず却て一種の感情を發生せしめて事の不圓滑を致すに在り斯る事相は少しく世故に經歴あるものゝ熟知する所にして其結果は案外に妙ならざるものなれば殊に謹まざる可らず我輩の私見を以てすれば大概の事は國務大臣親ら其任に當りて説明の勞を取り所謂政府委員なるものは唯局部の細條目に就て説明する事となさば委員の人物は眞の事務家にして事足る可く體裁の上に於ても要を得たるものならんと信ずれども今日の有樣にては此注文も實際に行はる可しと思はれざるに付き先づ今の政府中にてよしや其才辨は當世の切物と稱すること能はざるも年齢德望ともに多少、世に重きを成し且つ事務に迂ならずして其説明は必ずしも多辨多言を要せず唯丁寧親切にして毫も人を凌ぐの風なく醇々乎として他を心服せしむる其中に自ら一種の威嚴を藏して侮り易からざる樣の人物を以て政府委員となし以て議案の説明を爲さしめなば議員の滿心を買ひ議事の圓滑を見ることもあらんか思ふに委員任命の事は固より政府部内の都合にして他より喙を容る可き事柄にあらずと雖も關係する所は決して少々ならざるが故に當局者は其人物の撰擇に就き大に注意を要す可きものなり