「地方官々制の改正/鐡道汽車の便利」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「地方官々制の改正/鐡道汽車の便利」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

地方官々制の改正/鐡道汽車の便利

地方官々制は去十一日の官報を以て公布せられたり之と從來の官制と對照するに官職の權限、事務の規程等には格別の相違なく唯出色の箇條とも認む可きは從來二人の書記官を一人に限りたると更に二人の參事官を置きたるの二點に過ぎざるが如し抑も舊制に於て二人の書記官を置き廰内の事務を二部に分ち書記官をして各々其部長たらしめたるは如何なる趣意に出でたる者か之を知る可らず元來府縣の知事は管内の行政事務總理の職權あるにも拘らず少しく關係の大なる事柄は大抵主務大臣の指揮監督を承るの常にして實際一人の意見にて事を決するは甚だ稀なるが如し然るに縣政の施行手續は頗る鄭重を極め知事の下に部長あり部長の下に又課長ありて尋常一片の事務にても三重の手數を經なる其上に時宜に據りては又これを主務の各省に提出せざる可らず、事の簡なるものと云ふ可らざるなり若しも知事其人を得て眞に其任を空ふせざるに於ては部内の事務は直接に之を總理し職權内にて裁決す可きものは直に裁決し然らざるものは主務省に提出して指揮を待つ可きのみ誠に尋常の手順にして之が爲め故らに部長を置くの必要もなかる可し(警察收税の事務は別として)殊に今回の改正には參事官の新設もあれば書記官は其數を減ずるよりも寧ろ之を全廢して至當なるが如し近來行政の事務追々緻密となり新法新令の彼是屆錯綜する中に處して疑案の裁斷令文の立案等現行の成法に撞着の嫌を避け條理を明にし精神を達せんとするは中々容易の業にあらずして其道に於ける多少の學問知識を要せざるを得ず參事官の設置は即ち此必要に應ずるものにして而して其職掌は獨り此事のみならず知事の命を承けて部内の各課長となり又は臨時に其事務を補助することもある可しと云へば從來の書記官の事には參事官をして當らしむるも差支なかる可しと我輩の竊に信する所なり扨又官制發布したる上は隨て地方官の地位に變動を見ることならん或は説を爲して地方官は他の官職と違ひ人民に直接して自ら其儀表ともなる可きものなれば才能伎倆はともかくも成る可く老功の人を撰ばざる可らずと云ふものなきにあらず盖し從來の例に據れば政府部内の人々が或は老功の故を以てし或は種々の因縁情實よりして出でゝ地方官たるものもなきにあらざりしと雖も今日は世運大に進歩し日々發生する社會の新事情新出來事は獨り老功の一事の〓〓〓て〓く當る可きにあらず即ち今回の改正に參事官〓〓〓〓〓〓ふが如きも此必要に出でたるものにして〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓の交迭には斷然老功云々の縁故を絶ち中央と地方とを問はず後進壯年の官吏中にて頭角嶄然たるものを人撰して大に其伎倆を伸べしめ地方の面目を一新して新官制の精神を全ふせんこと我輩の希望する所なり

鐡道汽車の便利

ニューヨークとシカゴとの距離は凡そ一千哩なりペンシルヴエニヤ鐡道の急行列車は此兩都府間を二十四時間にて走る之を我國東海道の汽車が東京神戸間僅三百七十餘哩の距離を走るに殆んど二十一時間を費すものに比すれば其遅速に大差あるを見るべし然れども二十四時間に千哩位の速力は英米兩國の鐡道に在ては左程珍しきものに非ず急行列車の最も急なるものに至ては一時間に五十哩乃至六十哩を走るもの尠からず而して此ニューヨークシカゴ間の鐡道汽車が特に他に勝れたる點は車中乗客の便利快樂を謀りて殆んど遺す所なき一事なり先づ食堂車にはテイブルと椅子を並べ乗客爰に來て座すれば給仕人は何なりとも注文に應じて料理を持ち來り汽車飛走の中に悠々食事すること恰も家に居るに異ならず次に理髪店車あり此車には浴塲をも設け乗車中無事に苦しむ人などは理髪店に入りて髭を剃り湯に浴して塵烟に煤れたる身體を洗へば心氣爽然たるを覺ゆへし又列車の最後部には景色を眺むる爲に設けたる車あり爰には夥多の新聞紙をテイブルの上に置て乗客の縱覽に供し手に今日の新聞紙を持ちながら山水の景勝を賞するの趣向甚だ妙なり併し斯く風流なる趣向の中にも流石は米人にて金錢の考は一刻も脱することを得さるものと見え此眺望車中に絶えず紐育、シカゴの相塲所より相塲の高低を電信にて報じ來り拜金者流の用に供するは雅俗兩ながら全きものと云ふ可し又車中は總て電氣燈を以て照らし寝車の装飾などは實に美を盡して至らざる所なく婦女子の旅行するものは汽車中に下婢を雇ふて衣類の始末、化粧の手傳等を命す可し又車の一隅にタイプライター(印刷速記器械)を備へ客の求に應して書状を認むる者もあり其他何から何に至るまで凡そ近世文明社會に於て得らるゝ丈けの便利は飛車中に備はらざるはなし斯くありてこそ鐡道旅行も始めて人間の樂事となることなれ我日本の鐡道の如き車中に飲食と兩用にさへ苦しむものが此境界に達するは果して幾歳月の後なる可きや