「男女混合芝居」
このページについて
時事新報に掲載された「男女混合芝居」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
男女混合芝居
男女性を異にすれども同じく是れ一社會の人類にして坊間洗湯などの類いを除くの外、社會到る處として男女同時に併立す可らざる處稀なるは固より當然の事なる可し近頃我政府にては男女混合芝居の禁を解き男優女優一斉に舞臺に現はるゝことを得せしめたる由なるが政府が此擧に出でたるは彼の男女俳優をして同時に一座に出でしめざるは人權を冒すの嫌ありて甚だ妙ならずとの考案なるか或は西洋諸國の芝居に男優女優を混合するを見て其顰に傚はんとするの趣意なるか我日本國に於ては從來とても女俳優の數は少なからず今此女俳優が男俳優と混合するは左まで驚く可き事に非ざれども梨園社會の上より云へば關係小ならざるが故に此際爲めに一言して當業者に告ぐる所あらんと欲するは他に非ず從來西洋諸國にて男女俳優同座に出で一般見物人をして奇異の感覺なからしむるのみか男子が粉装塗抹して強て婦女子に擬したるものと女子が其儘女子と爲るとは固より天人の相違あるが故に男女其特性に因り各々所長を現はさしむるは彼の西洋芝居をして一層人情に切ならしむるの原因なるべく世人も見慣れ聞慣れて曾て怪まざることならんと雖も我日本國に於て男女混合芝居座に入るは啻に人目に新なるのみならず此際充分用意せざれば風俗上或は弊害を生ずるの恐なきを得ず蓋し西洋諸國にて〓社會一般の風俗として男女間の區別嚴重ならず未婚の兩性膝を接して座し或は聯袂歩行を共にし或は郊遊車馬を共にして傍人之を〓まざるは勿論その親愛の情を洩すに互に形體を感觸して其情〓を融通するの塲合も少なからず例へば彼の〓〓の男女は父母親族の目前に於て握手し若くは接吻して聊か憚る所なく芝居の舞臺上にても若男若女形體〓〓〓〓〓〓〓抱合等の状を演ずるは毎度珍らしからざれども〓〓の〓〓を刺激すること左まで甚だしきに〓〓〓尋常一樣の事として之を看過することなれども我日本國にては社會の風俗自から異なり夫婦別ありと云〓〓〓〓〓〓を〓らせずと云ふが如き古來一個の家〓にして〓〓〓〓の〓にも近く〓〓を〓することなく〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓が小兒たらざる以上は〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓離別する時或は久々相見ずして忽ち再會を得たる時、沈愁地に入らんとし歡喜天に登らんとするの極に達するも異性の者が握手接吻若しくは抱合する等の事は極めて稀なるものゝ如し然るに今我芝居座にて或は密室會合の塲、或は情夫情婦の關係其他なまめかしき人情を男女混合有りの儘に演して凡俗の心を動かさんとせば假令へ西洋諸國にて尋常一樣の事として人を刺衝せざる者にても我日本人には鋭敏に感じて風俗上多少の弊害を生ずるの恐なきに非ず左れば其向きの人々は豫め東西風俗の相違を知り男女混合芝居には極めて無毒淡泊にして且つ上品優美なるものを撰み野卑陋劣の態を穿たんとして鋭敏なる人情を冒すが如き最も戒愼せざる可らず若しも然らず男女混合芝居の許可を得たるを幸ひ凡俗の人情に訴へて其喝采を博せんとし極端に人情を刺激することあらば忽ち世上の不評判を來し假令へ政府の筋よりして禁止の命を蒙ることなきも心ある人に厭棄せられて能事と盡くすこと能はざる可し從來我芝居座にて男女纏綿の情を寫すに隨分極端に走るの弊なきに非ざりしかども其女形たる者は眞實女性に非ずして男子が女子に扮したる者なりと思へばこそ其所作の或は感情を冒すことあるも其俳優の性質を知りて之を看過したることならんなれども今男女混合して男子は男子、女子は女子、本來異性の者なりとあれば其所作事の如何に因り見物人の感情に刺激を與ふるの塲合の如きも從來の男性演劇に比して一層甚だしかる可きが故に男女混合芝居を興行せんとする者は充分此邊の事情を心得、東西人情の相違等をも勘辨して罪を社會に得ざるやう豫め其用意を密にするは最も肝要の事なる可きなり