「府縣立師範學校長の給料」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「府縣立師範學校長の給料」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

府縣立師範學校長の給料

近來學校に關する諸制度の改正續々公布せられたる其中には時宜に適したるものも少なからずして小學校令の如きは精神に於て新舊多少の變化あるにも拘らず大要は市町村制實施の必要に迫られ止むを得ざるに出たる處置なりと云はざるを得ず又彼の教員退隠料及び遺族扶助料法の如きも教育上の必要に生じたることにして我輩の異論なき所なれども獨り法律第九十一號中に府縣立師範學校長の俸給を國庫の負擔と定めたるの一項に至りては了解に苦しむ所なきにあらざれば聊か其不審の次第を述べんに抑も現行の師範學校令に據るに府縣立師範學校の經費は地方税より支辨すとありて學校全體の費用は勿論、校長教員の俸給に至るまでも地方税に仰ぐの法にして其支出を議するものは即ち府縣の議會なり然るに經費全體の出處は元の儘なるに獨り校長の給料のみを國庫の負擔と爲したるは如何なる趣意なるや不審に堪へず或は説を爲して曰く校長の俸給を地方税の支出に任ずるときは其地位は常に議會の左右する所と爲り例へば近來校長の地位に更迭の頻々たるも畢竟これが爲めにして其結果は學校全體の教務上に少なからざる影響を及ぼさゞるを得ず今この患を免れんとするには校長の地位を獨立せしむること第一にして今回其給料を國庫の負擔となしたるは専ら此必要に出でたるものならんと云ふものあれども既に經費の支出を地方税に仰く以上は議會の意向如何に依り其費額に增減移動の變あるは自然の數にして獨り校長一人の俸給を國庫の負擔と爲したればとて學校の全體には議會の影響を免る可らず故に若しも全く其目的を達せんとならば經費を地方に課することを廢し全國の師範學校を悉く官立學校と爲すの外に手段ある可らずと雖も是亦言ふ可くして行はれざることならん且校長の地位をして獨立ならしむ可しと云ふ其獨立とは果して何等の意味なるや俸給を地方税に仰ぐが故に其議會に對して獨立すること能はずと云へば之を國庫に仰げば其筋に對しても亦獨立すること能はざるの道理にして校長の職は地方長官もしくは文部省の監督の下に在るものとすれば即ち地方長官もしくは文部省に對しては矢張獨立の實を見る能はざるものと云はざるを得ず加之從來の例として官府の中には一種の情實なるものありて官吏の地位なども往々之が爲めに左右せらるゝの風習なれば校長の地位が幸に會議の影響を免れたりとするも此情實の餘波は到底免る可らず議会多數の意向とても時々の浮沈は圖る可らずと雖ども政府部内の情實に至りては更に其變化の常なきもの多し其結果の輕重如何は識者を待たずして知る可きのみ左れば今回の改正にして他の理由に出でたるものなれば兎も角も若しも前説の如く校長の地位を獨立せしむるの趣意なりとすれば其得失容易に斷ず可らざるものなり尚ほ又今の師範學校の制に關しては我輩別に意見なきにあらざれども聞く所に據れば遠からずして改正の沙汰あるよしなれば委細の説は新制發布の後に譲り先づ既發の一項に就き聊か不審の廉を一言して世論に質さんとするものなり