「外交官及領事官」
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時事新報に掲載された「外交官及領事官」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
外交官及領事官
此程勅令第二百五十七號を以て外交官及領事官々制を改正したるは新任命等至急に差懸りたる格別の仔細あるに非ずして唯從來その官制の不充分なりしが爲め之を今日に確定して他日國會開議の塲合に豫備せんとの理由に外なかるべしと雖も無意に改正せられたる官制により往々有意の更任を促すことも珍しからざる習なれば或は世間の噂の如く着々新任命の沙汰を聞くことなしとも限る可らず又今日の實際に於ても外交官及び領事官の撰任に就き舊來の筆法を革るは時勢に要用なる意味もある可しと我輩の信する所なり
外交官の職掌如何を尋るに平常無事の時には唯公法上の名義を以て國交際の禮式を怠らざるに在るのみ有事の日に際しては本國政府の命ずる所を遵奉して進退する迄なりと云へば誠に是れ悠々たる閑位に似たれども國の代表者は名實ともに代表者たるを免れずして其周旋擧動は一々國の品位に關する者なれば直接の責任決して輕からざるのみならず在外本國人の振舞にも注意して兎角本國の體面を傷くるなきやう片時も之を等閑に附す可らず況して條約改正の一事は多年來我外交上の難問題にして近日も亦新に談緒を開きたる樣子にて其筋に自から全權の委員もある由なれども外交の談判は單に正面の一方より進む可きものにあらず陰陽表裏虚々實々の際に却て側面の周旋を以て暗に奇功を奏するの事例少なからざることなれば凡そ此邊の旨を根本にして適當の人物を得んとするときは其人撰の難きのみならず其人を得て其技倆を伸べしめんとするには費用も亦大ならざるを得ず左れば今日政府の内外に其人物は撰び得たるとするも費用の一點に至りて更に困難を覺ることなれば爰に我輩の宿論を提出するときは外國に在る我公使館の數を減して二三を一に合併し歐米の大國、云はゞ外交の要處にのみ公使を派遣して他を兼務せしめ外交上の技倆も費用も或る中心に集めて其運動を自在ならしむるは一擧兩全の策なる可しと竊に信する所なり從前は外交の體裁を張るの趣意に出たることか資産の豊なる華族貴公子を撰任して諸外國に駐在せしめた〓こともあり或は内の官途の内情よりして人の〓合せの爲めに公使に命したることもあるよしなれども外交の技倆に乏しき貴公子が何程財を散したりとて其散財は到底無効たるを免かれず又人繰の爲めに外交官の地位を利用するが如きは其利害論するにも足らざる次第なれば自今以後殊に昨今は條約改正の沙汰もあり旁々以て外交官の撰任は國家の一大事として斷然舊筆法を革められんこと我輩の偏に希ふ所なり又領事に於ても精撰の要用は前と同樣にして國の品位を重んずべきは勿論その本職たる通商上の事務は我が國富に關すること容易ならず容易の進否は重に在外領事の周旋盡力如何に在ることにして職務の性質を云へば外務省に關係するよりも寧ろ農商務省に近きものなれば假令へ表面は外務の配下に在るも今より面目を改め農商務省との關係を親密にすること至當なる可し抑も通商貿易の事たる將來ますます我官民の力を極めて擴張せざる可らざるは固より論を俟たず今これを實例に徴して領事の適否を問ふは無用の沙汰なれども是れまでの處にては決して撰敍の精きものに非ざるが如し之を要するに我輩は外交官及領事館とも最も有用の技倆を精撰して國力の足らざる所、商權の缺くる所を補ひ猶ほ其上に積極的の進捗を希圖せざる可らざるを信ずるものなれば聊か平生の希望を述べて以て改正官制の前途を觀んと欲する者なり