「日本工藝家に所望あり」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「日本工藝家に所望あり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

日本工藝家に所望あり

事に觸れて感覺の極めて〓敏なるは我日本人の特性なり開國以降日新〓歩、今日の勢を呈したるは此特性あるが爲めならんと雖も〓癖の小〓が〓敏にして俄かに好惡を變ずるが如く動もすれば其極端に走り急〓には急〓の伴うありて爲めに弊害を生ずるに至るは徃々免る可からざるが如し是れより先き一時西洋風の流行するや事々物々西洋に癖し例えば工藝の一事に就ても我れより一着を彼れに讓り偶々西洋人中にて日本の〓畫を賞賛し其彫刻を珍重する者あれば日本人にしては上出來なりと云う〓にして絶對の美と稱するに非ず云々とて強て自から輕んずること殆んど極〓に〓したりしが近來日本の工藝品が西洋の博覧會などに重んぜられ其評判の高きと共に頗る價を〓したる折柄、日本にては彼の歐化主義に漸く反動の色を呈して國粹保存の説を生じ曩に西洋の事物を重んじたる正反對に今度は之を輕んじて彼の工藝品等に就ても自許太〓、動もすれば日本贔屓に走りて却て他の所長を忘るゝものゝ如し〓頃寶物取調と云い或は工藝協會と云い凡そ此邊に關係して技術鑑定家などゝ稱し蝶々論義する者の中には日本は工藝美術上に於て世界第一位に居る者にして其意匠の秀〓なる其技術の〓緻なる天下共に比肩する者あらずとて西洋の美術工藝を擧げて之を眼下に見下すものも少なからず左れば我國より西洋工藝〓察かたがた彼の國に赴きたる者あれども右等の評判に浮かされて自から高きに居るが故に他の所長を〓んとする念も亦自から薄からざるを得ず彼の有名なる美術館を見るには一箇所にても數日を費す可き程なるに巴里に一〓、羅馬に十日、伯林、維也〓に五六泊して〓々〓察を終りたりと稱し有名なる油〓銅石像を始め其他陶磁器織物類等に就ては其堂奥を窺わざるのみか參考の爲め其〓眞を〓集することさえ爲さず斯くて日本に歸り來りて西洋諸國を〓覧したれど其美術工藝は〓ね俗氣粉々として見るに足るものあらずなど〓慮もなく吹聽するが如き面を背して〓山を見ず天下山なしと云うと何を以て異ならんや日本の方にては自負心を生じて西洋工藝に無頓着なること實地右の如くなる其際、顧みて西洋人を見れば日本の工藝品を得てその意匠に變形し其技術を〓用せんと苦心盡力すること一方ならず現に昨年巴里博覧會の出品中陶器に日本品を模製したるものあり油〓若くは水色畫に日本畫の意匠を加えたるものあり絨〓若くは窓掛に日本の唐草を織出したるものあり〓巧眞に〓るのみならず之に自家固有の技術を加えて同國人の嗜好に〓せしめたらば之を一覧したる日本人をして其出藍に驚きて〓若自失せしめたる程なり又英國グラスゴー府に有名なるテンプルトン氏の絨〓織塲あり我輩曾て之を一覧する際、絨〓に四君子を織出したる其模樣の如何にも日本風なるを怪み何人が此意匠を作りたりやと尋ねたるに案内人は微笑しながら直に押入の中を探りて有田製極彩色の茶瓶を取り出し〓來米國の需要者は絨〓に日本流の意匠を愛するに就き當塲にては陶器に因り絨〓向きの意匠を寫して斯くは織出したる者なりとて事の仔細を語りたるを聞けり即ち西洋諸國人は氣根よく其研究を凝らして他の所長を學ぶに熱心なれば日本工藝家の方にても刻意新想を工風すると同時に西洋技術の勝れたる所は〓心〓氣に〓察して換骨〓體その〓隨を奪い去る覺悟なかる可からず凡そ工藝などの事は數百年來、時と共に變〓沿革する者にして短長〓粗、國に因りて自から其趣を異にするは固より我輩の多言を待たず即ち自他相對比して取捨撰擇を愼む可きは誠に當然の事にして斯かる技術的の部分に對し好悪急變の〓癖を及ぼし忽ち西洋品の盲拜するかと思えば又忽ち自負心を生じて眼中他國の所長を映せず官〓民卑の我國にて高位高官に在る者共が頻りに自國の工藝を誇りて天下第一など云うを聞けば其人たる昨今耳學者流なるにも關せず尋常一般の技術家は官人の言果して然りと得々獨り安心して〓に他の所長を究めざるのみならず自から其技を研磨する念も自然〓怠せざるを得ず畢竟西洋風の流行に際し日本人が其工藝に關して自から輕んじたる其程度は如何にも極端なりしかども〓來其反對に自から〓張する氣味あるは是れ又極端論にして一〓一〓共に其所を得ざるものと云う可し我輩は日本の工藝を以て兒童の清書に擬するものに非ず其風雅氣韻等に就ては西洋人中賞賛の評も多きが故に今暫く之を論ぜず唯この賞賛を負うを以て彼れの我れを究むる間に我れは彼れを知らずして日本工藝の佳處長所は何時か西洋人の爲めに奪われ他日自から顧みて自他兩失を悔いるに至らざらんこと我輩の今日切に日本工藝家に勸告する所のものなり