「日本石炭業の前途」
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時事新報に掲載された「日本石炭業の前途」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
日本石炭業の前途
今度三菱〓が東京の日本橋區元大工町に石炭賣店を開き同〓所有炭山産出の良品を一定の價にて小賣する旨を廣告したり此事些細なるに似たれども府下の石炭市上に影響すること大なる可ければ聊か我輩の所見を〓して石炭商人の注意を促すも亦無益ならざる可し各地方にて石炭賣買法の如何は姑く差置き〓く東京市内の事〓を目撃するに凡そ物を買うに石炭を小買するほど面倒なるはなし重量粗大の品柄にして其性質良否の見分けも素人には易からず之を用いて始めて分ると申す位の次第にして用法不慣の家にては先ず賣方の言を信ずるより外なし然るに其賣店の不〓意が、〓〓人足共の不正か、豫め品物の見本を取りても實際持届の時には見本〓りの品を見ず又その受渡の際に目方を改めんとすれば故さらに石を混したるあり水を灌きたるあり尚お甚だしきは多量の取扱い混雜の際に秤の目を偸まんとする者さえなきにあらず家々のストーヴなどに用るものは固より些少の高なれば如何ようにても苦しからずと大目に看るも營業の工塲用に至りては然るを得ず樣々に工風して石炭屋の不正を防がんとすれども曾て意の如くならず右に防げば左に〓け今日の談判に恐入りたるが如くなれども明日の賣方は依然として昨日の如し寶に持て餘ましたる次第にして當惑の折柄、今度三菱〓の發賣は如何にも時の必要に應じたる商賣にして同〓の信用と其資本とを以てすることなれば自今以後は府下の各工塲〓に私の家々にても錢を出して其錢だけの品を得るのみならず受渡の際に品物にも目方にも不正の掛念なければ之を改るに餘計の時を費すに及ばず買者の便利實に此上もなきことゝ知る可し又一方より見れば買者に便利なると共に賣者たる三菱〓の利益も亦〓して少々ならず其次第如何と云うに從來の石炭屋が斯くまでに不正を働くと云うと雖も其不正とは取りも直さず商賣不始末の事にして其不始末の根源は資本金の不足に在りと斷定して可なり石炭産地の原價と東京賣買の市價とを比較すれば例令へ其〓〓費等を引去るも非常の相〓にして商人に利する所大なる可き筈なれども採掘の後、甲乙丙丁の手に經る其間に相互の信用なければ現金の取引を要し其現金は必ず高利を以て〓轉するものなるが故に手より手に渡る其度び毎に品物の價は金利と共に昇騰して最終の石炭屋より消費者の用に供する頃には利益の香しきものを見る可からず是に於てか炭質に偸み目方に偸み種々樣々の窮策を購じて一時の利を貪らんとするのみ自から止むを得ざる次第にして寛大に之を宥せば人の罪にあらず俗に云う無理算段より來る金利の所爲なりと云うも不可なきが如し然るに今三菱〓は無限の大資本を以て悠々事に當り所有の炭山より採掘したるものを所有の船に積んで府下に廻わし一切の資金に對するに五七分の利子を算して小賣を實施し然かも其價は必ずしも獨り大に〓ずるに及ばず市中の相塲法外に高ければ衆と共に法外の相塲中に〓沈して唯少しく心を用い正々堂々商賣上の法則を守りて取引するまでのことなれば其利益の大なる萬々明白の數なり或は他の石炭商が競爭を試みんとるも所謂牛と馬との競走に異ならず畢竟無益の沙汰にして憫笑す可きのみ三菱の小賣一度び現れてより東京市塲に石炭商なしと云うも〓言にあらざる可し大木の下に雜木雜草の生育す可からざるは商賣上にも同樣の〓理なればなり
左れば三菱〓の石炭小賣は今こそ小賣なれども行々は小賣に止まらず東京其他の要地に於て卸賣の權柄も同〓に歸す可きは數に於て〓易き所のものなり然かのみならず全國炭山の〓命を卜するも歳月の經〓に從い次第次第に〓の所有に歸す可しと豫言して不當ならざるが如し抑も炭山の事業は小資本の能くす可きものに非ず其〓掘の仕掛に機關萬端大金を要するのみならず之を〓掘したる上にて賣捌の掛引上に資本の豊なるものあらざれば内外市塲に商權を伸ばす可からず天下無數の企業家が僅に數千數萬の金を借用して炭山を開き未だ産物を見ずして先ず利足を拂い一朝金融の閉塞するに〓えば寶を懐いて身代限する者比々皆是れなり例えば目下筑豊の炭山の如き今日の炭價なればこそ小資本家にて得々營業するものもあらんなれども世界石炭の商〓は百年を保證す可からず頓に一時の下落を致すこともあらんには之に處する法如何す可きや資力能く自から維持すれば妙なれども然らざる者は土崩瓦解の外なし此時に當りては山質の良否、工業の巧拙は論ずるに足らず唯資力の強〓を以て勝敗を〓し〓者は兜を脱して強者の商門に降伏する一路あるのみ即ち三菱〓に權力の歸する時〓にして敢て之に抵抗を試む者なかる可し故に今日三菱〓の爲めを云えば辛苦して山を買うを須いず寧ろ之を其自然に任して其自滅降伏の時を待つこそ得策なれと我輩の竊に計る所なり〓に炭山〓掘の全權を執り又その内外賣捌の〓を専にす日本に石炭王を生ずる日〓きにあらざる可し