「學生の注意」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「學生の注意」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

學生の注意

學者に〓〓眼多く舟子に〓〓眼多きは甲は常に書見の爲めに〓〓〓經を勞し乙は海上の〓望に〓〓〓經を使用するが爲めに各一方に偏したるものなり使用の繁なる部分は屈強頴敏となり其閑なる部分は微〓魯鈍となるは有形の生理上に於てのみ然るにあらず無形の心理に在ても亦斯の如し彼の〓〓を萬世の長久に馳せて世態の〓〓を講窮し考慮を宇宙の廣大に〓らして事物の眞理を推窮する哲學者の腦力は其高きこと山〓の如く其廣きこと大海の如し實に〓賞〓服の外なしと雖も唯當世の實務目下の利害に至ては拙劣を極め三歳の童子も尚且爲すを耻ずる奇愚を演じて世間の笑う所となるは古今東西其例少なからずに世人をして愚人を呼んで哲學者と云うに至らしめたりフレデリツキ大王は文學を重んじ學者を貴ぶこと甚だ厚く佛人ヴオルテールの如き之を師友として〓敬せしにも拘らず王は常に戯に侍臣に語りて〓此〓稷を亡さんと欲せば須らく哲學者を拜して相國に任ずべし邦域の各都忽ち敵國の有に歸せんとの一言は以て王の聰明を徴すると共に哲學者の愚を表するに足る可し之に反して實務家は當世の事〓に〓じ現在の利害に明にして臨機應變の才智に富むと雖も大局の理勢に暗く其言行動もすれば〓理の外に〓して徃々識者の嘲を招くのみならず自から欺き人を誤りて〓を天下後世に〓すもの甚だ多し要するに學者は原因より結果に向て推窮し實地家は結果を以て原因を推察する慣性を馴致し一は永〓の因果に向て〓〓の全力を注射して目下〓接の利害を忘れ一は眼前の現相に眩惑せられて〓察の明を失いたるものなり人心の能力に限りある一方に發〓を逞くすれば他の一方に〓〓せざるを得ず即ち人生の約束なれば又如何ともすべからず〓此約束の範圍内に在て務めて能力發〓の宜しきを得せしむる工風ある可きのみ

今學生と稱し天下の各所に散在して理を講じ書を讀む人種誠に多くして其目的一ならずと雖も之を要するに人生有益の知識を得て之を實地に應用し以て居家處世の目的を〓せんとすることなれば高尚なる〓理を講ずる外に〓會百般の實事に〓ぜざるべからずと雖も〓に學理學説となりて書籍の面に顕れ教師の口頭より〓出するものは古今に〓じ各處に用うべき單純の眞理より演繹し來れるものなれば俗世界の粉〓雜〓なる〓態と併行して目下當局のり利害を辨ずるに足らずニウトンの〓動の定則に動體は永動し靜體は永靜なりと云うと雖も實際に於ては諸種の他の力に犯されて動體も能く靜止し靜體も能く動作する其現〓は眞理の式言に相反して曾て定則の其儘に行わるゝを見ず又海面の波動は海水の〓準を得んとする作用に〓り物價の〓低は價の標準〓に復せんとする結果なれども現塲に顕わるゝ所は全く之に異なるが如し左れば學問の高尚優美なるは俗事の卑賤亂雜なるに勝れるが如くなれども又一方より見れば學理論の遲鈍緩慢なるは活世界の活〓機敏に及ばざること〓しと云わざるを得ず故に學生たる者は常に此邊に注意して紙上の空論に〓るゝことなく更に〓んで活世界の活學を勉む可き筈なれども如何せん其日々に交る所の人は當務の實地家にあらず又市〓の俗人にあらずして幽窓の下に學友と學理を談論するにあらざれば教塲の教師に見えて學説を聽聞するのみ學問的の教練を〓〓に與える〓に於ては〓して饒なりと云う可からず〓〓の發〓に偏重偏輕の憂なからしめんとするも得べからざるなり是に於てか學成り世に出でゝ事をなさんとするに當り長く〓理の仙境に養われたる眼を以て俗界の事相を觀察するときは其不絛理不規則なるは一驚を喫する其有樣は仙骨稜々たる山人が茶を喫し棋を圍んで談笑靜に相樂む境〓より〓かに置酒高會放吟亂舞の熱席に倍したるが如く世人皆〓い我獨り醒む誰と和し誰と戯れんか其爲す所を知らずして左顧右〓する其間に〓氣粉々たる無學無識の俗輩が富を致し家を興し不義の浮雲に乗じて揚々得々却て成學の君子を〓睨せんとする者甚だ少なからず誠に堪え難き次第なれば今日の要は兎も角もして學問と實務との間に横わる一大溝渠を埋めて兩者相互に來徃する〓を開き學生衆生を彼岸に〓度する方便を講ずること専一なる可し

其方法他なし唯讀書的學問の勢力を〓殺して實者觀察の風を養成するに在るのみ我輩固より讀書を無益なりと云うに非ず古人の説を聞き古代の事を知り異域の〓に〓ずる等の〓は讀書より便利なるはなし殊に西洋の文明を輸入するに忙わしき〓年の日本に在て洋書を講ずるが如きは最も大切なる事なれども其書を貴重する餘り〓に之を〓信崇拜し獨立の觀察に由て得べき知見をも故さらに書籍に依頼して之を求めんとし却て他人の糟粕を嘗めて自から悟らず居然學者を以て得々たる者なきに非ず彼の支那人が文を貴ぶ餘りに文字を祭り結縄の蠻民が書契の術を見て驚くと云えば文明の士人は之を聞て常に憫笑しながら士人も亦己を空うして黒紋の紙片を崇拜すること鬼〓の如しと云う夫子辞意から咎に傚う者に非ずや事態〓に斯の如くなれば今日の學生たる者は非ずや事態〓に斯の如くなれば今日の學生たる者は〓〓して此〓信を破り所謂書籍中の書を讀むを休めて書外の書を讀み文外の文を講ずること肝要なる可し其文書は必ずしも〓きに求むを要せず身外の事物都て自然の文章ならざるはなし戸外の散歩その眼に映ずる所のものは皆讀む可き文字なり山川田野讀む可し商店工塲讀む可し〓路橋梁楼閣茅屋讀む可からざるはなし人に接すれば人を讀み馬に〓えば馬を讀む之を讀み之を講じて其義理を解明し其因果を推窮するは即ち〓會と名くる大學校に居り先差萬別の文章を讀むものにして純然たる活世界の活學問なり而して此學問の脩業必ずしも難きに非ず唯〓聽の〓經を頴敏にして觀察〓意を怠らざる在るのみ或は〓に其〓慣を變ずるを難んずる者あらんか先ず第一着歩として新聞紙の讀方に〓意するより始むべし凡そ今の學生に新聞紙を讀まざるものなかるべしと雖ども其之を讀む方法に至ては聊か〓憾なき能わず何となれば讀者は〓ね其好む所を愛讀して他は之を乾燥無味の事とし顧ざるもの多ければなり例えば法令商〓相塲附廣告等の如き或は一般の學生の爲めに大利害なき事項にても常に之を〓目するときは直接に其知識を博する外に間接に活物實事に對する感覺を頴敏にして他日身を立て世に處する當り頗る調法なる關〓を與うべきものなれば些少の勞を厭いて眼前の珠玉を拾わざるは沙汰の限と云う可し〓會の事相、新聞紙の〓事都て是れ不〓手の薬にして其効能の如何は唯用法の大小〓粗に在て存するのみなれば我輩は今の學生に向て其工風あらんことを祈る者なり