「政治上相互の言語を謹む可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「政治上相互の言語を謹む可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

政治上相互の言語を謹む可し

政黨分立の世の中には或は主義の異同に就き或は政略の方向に關し若くは其他の事〓に由りて雙方の間に反對の論爭を見るは勢の自然にして怪しむ可からず或は政黨の本色は論爭に依りて顕わるゝと云うも可なる程の次第にして黨派いよいよ分れ〓動いよいよ盛なれば論爭も益す益す激からざるを得ず唯其爭の兒戯に類せずして君子の風を存せんことを期するのみ西洋諸國の例を見るに政黨の事は〓分劇しからざるにあらず議院の〓論を始めとし新聞演説の議論など反對黨の攻撃に渉るときは徃々嘲弄の句〓を用い他をして激せしむることもなきにあらずと雖も全面の氣風は自から高尚にして正々堂々相對する塲合には雙方ともに言語を謹み論戰の盛なる程ますます鄭重を加え假令へ攻撃の〓〓は刻薄なるも筆端口頭に現れるゝ所は優美にして曾て其人を罵詈〓〓することなく又その一身上の攻撃に渉ることなく自然に君子の風を存するは我輩の常に敬服する所なり然るに我國〓來の政治〓會を見れば東西南北に旗〓を樹つる所の黨派少なからず殊に昨今の時〓柄にて各黨派の〓動盛なると共に其間の論戰も次第に劇烈と爲り新聞紙上などに現わるゝ處の言語動もすれば穩ならずして或は大義名分云々の字に對して賣國奸賊等の語を用いるものもあれば或は間諜離間など尋常士人の間に語る可からざる字面を列〓して公然他を罵る者もあり一塲の話柄として之を讀み去れば深く意に介するに足らざれども苟も政黨の旗〓を樹つる黨派間の論爭に斯る言論を用いるとありては輕々に看〓す可からず如何となれば其事たる單に當局一士人の汚辱のみならず我政治〓會全面の體面に關すること亦容易ならざればなり抑も政友と云い政敵と云うも唯政治上の主義方向に敵味方も分つものにて其身に對しては恩讐の〓あるにあらざれば政治を離れたる〓會交際其他の事に於ては繊毫の介意もなき筈なれども今日の實際に然る能わずして反對黨と云えば恰も終天の恨あるものゝ如く異主義者と云えば猶お悪魔外〓を見るが如くにして事の公私を問わず到底相容れ相親しむ〓あることなし古來日本武士の弊〓として説の異同を嫌うと甚だしく己れの信ずる所のものは正理公〓と認めて毫も疑わざる其代りに少しく異樣の色あるものは異端邪〓など直に極度切〓の意味を付して相互に〓斥し其〓動に物を容るゝ餘地なくして〓に言う可からざる不幸に陷るもの多し彼の舊水戸藩の正奸兩派の爭の如きも本來は些々たる説の異同に〓ぎざることならんなれども雙方ともに極端の言語を濫用して邪と云い正と云い忠と云い奸と云い互に相反目したるが故に其爭熱は次第に最高度に昇りて終に〓古未曾有の残酷を現出したるものゝみ今の政黨の爭は昔時専制政治の下に行われたる私黨朋黨と同日の談にあらずして公然たる君子の爭とも云う可きものなれども若しもこれに從事する人々にして猶お舊來の悪〓を脱すること能わず反對の政論を見ること熱心なる宗教の信徒が異教の者に對するが如く〓までも之を忌み嫌い賣國奸賊間諜離間などあられもせぬ言語を用いて互に相罵るに任せたらば其結果は如何ある可きやと我輩の今より〓憂する所なり思うに今の政治〓會の從流に在る人々は何れも事理に〓じたる君子なれば此邊の事に就ては定めて所見の在ることなる可し果して然らば今日より大に〓意して〓來我政黨の爭をして君子ならしむる工風あらんこと我輩の偏に希望する所なり