「豫算案の成行」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「豫算案の成行」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

豫算案の成行

客冬衆議院の豫算委員會に於て議决したりと云ふ豫算査定の結果は單に委員會の决議に過ぎざれば議會の衆議に於て如何なる運びに至る可きや世人の最も關心する所なりしに議會の議、未だ决せざるに先ち大藏大臣は昨日議塲に出席し同査定の結果は到底政府の同意する能はざる所なりとの旨を明言したりと云ふ思ふに斯の如き非常の■(にすい+「咸」)額は實際に差支を免る可らざるが故に政府が之れに對して不同意なるは固より其處なれども若しも今後議會の多數が右の■(にすい+「咸」)額に决して固く其の説を主張することもあらんか結局は政府と議會との衝突を來して不祥の出來事を見るに至るやも圖る可らず左りとては面白からぬ事相にして折角これまでの運びと爲りたる初期の國會も其の終りを善くせずして内外人の望をも空ふする次第なれば我輩は今日に於て政府議會雙方の人人が理屈と情實との偏見を脱し互に人間普通の情に訴へて相當の折合を希望するものなり〓も政府より要求の豫算額は年來の慣例と現在の仕事よりすれば决して不當のものに非ずして我輩に於ても敢て異議なき所なれども若しも政府部内の情實因縁を問はず單に局外の眼を以て之を見れば從來政府の財政上の處置は决して其當を得たるものと云ふ可らずして若しも當局者が誠心實意、一切の情念を絶ち十年一日只管財政の〓理に從事せば國會開設の今日に至るまでには頗る見る可きものもありしならんに當局者は外に向ては時に政費の節■(にすい+「咸」)す可きを公言しながら實際には毫も其效を奏せず荏苒今に至りたるは甚だ遺憾の次第にして今更辯解の〓もある可らず左れば此一事は到底政府當局者の失策たるを免れざるものなれば今日議會に於て政府の歳計に對し大に節■(にすい+「咸」)の議あるは誠に至當のことにして决して無理にはあらざれども今の政府の所謂情實因縁なるものは今年今日の發生に非ず二十餘年來纏綿固着したるものにして政府自から之を悟らざるに非ざれども自から悟りて自から絶つに容易ならざるものなれば今遽にその政府に向ひ斷然一切の情實を絶つ可しと要求するは俗に所謂出來ない相談にして其理由は如何にしても實際に效を見ること難かる可し蓋し事の即功を喜ぶは人情の常にして彼の病床に伏す病人が少しく癒ゆれば直に起たんことを求め起つを得れば直に歩することを望むが如く議會の人人も其功の速にして且つ著るしからんことを欲するならんなれども昨年の末には商法延期の大問題を議决して天晴の手柄を顯はしたるのみならず今後猶ほ重要の事件にして議會の技倆を要するもの少なからざれば議會の仕事は豫算の疑問を外にして十分に功を見るの機會なきに非らず况んや初度の議會は議員の諸氏と共に大に春秋に富むものなれば功を今年に急がずと雖も前途の望み甚だ大なるものあるに於てをや而して■(にすい+「咸」)額の説は單に豫算金額の問題のみに止まらず一歩を進むれば官制の改正會計補則の制限等法律上の疑問に觸るるを免れざるものあれば若しも議會が性急の情より遽に大功を收めんとするときは勢、法律上に切込まざるを得ずして次第に事實に遠かり雙方ともに互に法理を根據として相爭ふの姿となれば詰り水掛論にして其結末の分明ならさるのみならず或は意外の邊に衝突の不幸を見るに至るやも知る可らず甚だ面白からざる始末なれば議會の人人も能く此邊に注意し政府の經費は到底節■(にすい+「咸」)せざる可らざるものなれども今月今日急に大節■(にすい+「咸」)を行ふは無理なる注文にして其結果は徒らに一時の混雜を招くのみに過ぎざれば更に年月を期して漸次に節■(にすい+「咸」)の實を擧ぐるものと覺悟し又政府の當局者も深く從來の始末を顧み更に英斷して年來の情實を絶つ事を勉め其■(にすい+「咸」)ず可きものは直に之を■(にすい+「咸」)じ年を逐ふて着着整理の效を期する事と决心し雙方ともに偏見を脱して互に普通の情に訴へ豫算案の成行をして適當の折合に至らしめんこと我輩の希望する所なり