「擧動を謹む可し」
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時事新報に掲載された「擧動を謹む可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
擧動を謹む可し
王政維新以來常に政府の局に當るものは所謂功臣と稱する第一流の政治家にして今日に至るまで地位の更迭は啻に數回のみならざれども其更迭は唯第一流の間に行はるるものにして曾て他人を交えたることなし時としては政府中なる第二流の人物にて出進の例なきに非ずと雖も之とても實際は其人人が第一流の仲間に入りたる迄のことにして獨立の資格を以て特に頭角を現はしたるものに非ず故に今の政府の更迭は名けて更迭と云ふと雖も其更迭は唯同じ仲間の政治家が順番の交代を爲すに過ぎずして所謂新陳代謝の實なきを見る可し人或は説を爲して今日までの事相は斯くの如しと雖も今後の成行は自から趣を異にし國會も既に開けたる上は政治の局面も一變せざるを得ずして隨て政府更迭の塲合にも異例を見るに至る可しと云ふものなきにあらず思ふに今後政局の成行は如何なる變状を呈するに至るやも知る可らずと雖も國會開設の一擧が遽に斯る異例を造くる可しとは少しく速了の見たるを免れず我輩の所見を以てするに今後更迭の起因は或は國會よりするの事情を生ずることもある可しと雖も其更迭の際に新陳代謝の實を奏して全く地位を一新するが如き快事は當分の處先づ以て覺束なしと云はざるを得ず左れば政府當局の地位は此處暫らく第一流の人人が受持の姿にして例へば伊藤伯辭して黒田伯代り黒田伯退て山縣伯出でたると同じく今の山縣内閣に次て起るものは矢張り同流の人に外ならざる可し盖し其内情に立入て見れば所謂第一流の政治家中にも性質を異にし出處を異にし甚しきは政治上の意見さへも異にして互に相容れざるものもある可しと雖も局外より見れば共に是れ同功一體の人にして其私情の關係如何に拘はらず明治政府と云へる地位に對しては與に共同の利害を感ずるものなれば其利害に關して互に注意する所ある可きは即ち其仲間の徳義にして若しも一度び地位を異にしたるが爲めに忽ち擧動を異にして却て共同の利害を忘るるが如きは决して徳義の全きものと云ふ可らず近來世上の政熱頗る上騰すると共に種種の風説を傳ふるもの少なからず有力なる某某の政治家は内密に連合して政府に反對するの趣向ありと云ひ議會の内外に於ける一種の激論は陰に煽動する所のものなりなど何れも取留のなき流傳にして我輩の斷じて信ぜざる所なれども今の政治家の平生を見るに甚だ感服せざるもの多くして自から世人の疑を招くの擧動あるに似たり抑も人人意見を異にするは政治家の常にして意見の異なるが爲めに他に反對するは毫も怪しむに足らずと雖も其意見をば明言せずして一面には賛成するが如く一面には反對するが如く表裡陰陽の間に一種微妙の意味を寓して徒らに當局の同類を苦しむるが如きは决して男子の事にあらず夫とても自から取て代らん爲めの一手段として見れば聊か恕す可き所もなきにあらずと雖も早晩更迭の機會到來して其地位は到底己れの手中に在りと知りながら物數寄にも斯る兒戲を演して他を苦しむるは其徳義に於て耻る所なしと云ふ可らず蓋し事の實際に於ては其流の人に斯る卑劣の心掛はなきことならんなれども其平生の擧動が機變に類して何分にも信ず可らざるもの多きが故に一度び疑心を挾むときは其疑は益益深からざるを得ずして扨は種種の妄説も流傳し結局自他の迷惑とも爲る次第なれば今の政治家も爾來深く此邊に注意して其擧動を謹むこと肝要なる可し而して我輩が此事を云云するは獨り其流の人人の爲めのみならずして斯る風儀が一度び世の流行を爲すときは世上の人心互に相疑ふの端を開きて次第に政治社會全體の風習を惡くするの患なきにあらざれば旁旁以て重重の注意を祈るものなり