「國會の一言二百十五萬圓」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「國會の一言二百十五萬圓」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

國會の一言二百十五萬圓

株式の不振は今に始めぬ事ながら此不振の眞〓〓に兼て手堅しと稱せられたる郵船株が俄かに十圓方の下落を現はし又又不景氣の上塗を爲したるは商業社會近頃の出來事にして直接間接の損害は中中に少なからずと云ふ而して其原因に付ては世間これを彼の保護金■(にすい+「咸」)額の一條に歸するの説多きが如し其以前斯る難問題の起らざる迄は郵船株も大抵六十八九圓の間に腰を定めて絶て動きの無かりしものが去年十二日會社の命達書を更正して八十八萬圓の保護金を五十萬圓に■(にすい+「咸」)ずべしとの建議案一度び帝國議會に顯はれ十五六日頃に至り各新聞の紙上に此事の報道を見るや否や相塲は俄然狂ひ始めて忽ち四五圓を下落せしめ續て下押し一方に傾き十九日には遂に最低六十圓に達して二月限の如きは五十圓臺を現はすに至り殆んど底止する處を知らざりしが爾後議會の休會と共に人氣も一寸落着きたるが如く少しは引戻して昨今六十三圓内外に居据れども此最低價を發會頃の相塲に比較するときは實に一株十圓の下落にして總株數二十一萬五千株の上に於て二百十五萬圓の相違あり此建議案の影響を以て果して相塲を狂はしたるものとすれば議會の一言は二百萬の大金を一吹の下に吹飛ばしたるものと云ふべし其勢力の至大なる唯驚くの外なけれども勢力の大なる丈けに善惡共に影響する區域も亦狹からずして此度の如き未だ其議案の通過すべきや否を知らざるに既に既に一株十圓の下落を示し會社の身代は故なくして一瞬間に正しく二百十五萬圓を■(にすい+「咸」)じ現在の株主二千四百五十九人が不意を撃たれて損害を被るのみならず凡そ此種の株式は之を所有して株券を筐底に藏め子孫の爲めの財産として守る者は甚だ少數にして大半は之を金融の抵當に利用することなれば株主の數こそ二千何百人なれども其株券は甲乙丙丁の手を經て轉轉四方に布散し徃きつ戻りつする間に之に信用を繋ぎ財産の浮沈を托する者は其數殆んど計る可らず然るに今この無數の人が罪なくして損害を被る其慘状は天變地異よりも甚だしと云ふ誠に驚入たる次第にこそあれ抑も財權商安は立國の根本にして國會は國民の權利安寧を護る可きの府なるに此國會に發したる建議案は偶ま以て財權商安を害したり國會は果して此利害を知るや知らずや、知りつつ此議を發すれば國の爲めに不深切なり、知らずして發すれば商賣上の不詮索なり孰れにしても國民に對して責を免かるることは難かる可し左なきだに五七年來政府が紙幣整理の法を誤りて大失策を行ひ爲めに全國商况の不景氣を致して商民塗炭に苦しむの今日或は國會より何か救濟の建議案もある可し假令へ即發即効の妙案なきも平年の議事は商况回復の論議を以て議塲を充たすことならんと世間一般竊に待ち設けたる其甲斐もなく片言の救濟策に論及したるものを聞かずして發する所の一議又一議都て人意の反對に出てて商安を妨るもの多しとは唯國民をして失望せしむるのみ然りと雖も今日までの處にては議案は單に議案にして未だ議塲を通過したるにあらず議院濟濟の多士、人事實際の休戚を知るに迂闊ならざればいよいよ議决の日に至るときは曩きの議案も遂に一片の廢紙に屬す可きのみ我輩は今より之を信して疑はざる者なり