「今日の米價は相當の相塲なるべし」
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時事新報に掲載された「今日の米價は相當の相塲なるべし」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
今日の米價は相當の相塲なるべし
一昨年の米作に凶を告げて米價俄に奔騰したる以來相塲は兎角亂調に流れて動搖浮沈常ならず爲めに一般經濟社會に異常の變を與へたるのみか米價自身さへ其目安を失して殆んど一箇年間は洋中孤舟を遣るの感あらしめたり幸にして昨年の豊作により漸く其奔逸を止めて客冬以來次第に下落の運に向ひたれども四千萬石以上の收穫ありしと云ふ近年稀有の豊作に比しては案外にも下落の足取遲遲緩慢なるが爲め相塲の見込も今尚ほ一定の標凖を得ずして強弱各各見る所を異にし其云ふ處著るしき懸隔ある中にも今の米價は尚ほ高價たるを免れず早晩必ず舊來の標凖價即ち五圓内外の相塲を見るに至り初めて沈着すべしとは大體の米勢論にして弱氣に傾くものの如くなれども我輩の所見を以てすれば未だ容易に此弱氣説に同意を表すべからざるのみか敢て臆測を逞ふすれば今日の米價こそ既に至當の相塲を顯したるものにして今後異常の出來事なき限りは著るしき高低を見ることなかる可しと竊に信ずるものなり其次第如何にと云ふに過る數年間米價は五圓内外を昇降して絶て其變相を顯さざるより世人は見て以て我國米價の標凖を茲に定めたるものの如くなれども之を昨年騰昂の模樣に徴し維新以後物價騰貴の割合に比較するときは第一其標凖價に疑なきを得ず今熟ら熟ら昨年相塲上進の模樣を見るに當初相塲の動き初めたるは素より不作の聲に驚かされて人氣の騷き立ちたるにあること勿論なれども相塲の動けば動く割合に人の注意も疎ならずして諸種の詮鑿詳密を加ふるに隨ひ何時しか古米の拂底したる事實も顯れ各地需要供給の上にも著るしき變遷ある次第を發見して一事の發見は更に人心の恐慌を強め其都度昂騰の勢を助成して實際不作の損害は左迄ならざるも遂に二倍以上の暴騰を顯したるものならん之れが爲め商人が米價に關する新智識を得たるは决して少小ならざるべく又是迄隱れて顯れざりし米勢の眞相を茲に發したることも亦明白なるべし左れば從前我國の米價を五圓内外と定めたる標凖は畢竟世人が米勢を度外視したる間違にして久しく商賣社會に忘れられたる米穀が圖らずも一昨年不作の風聞に誘はれ始めて其眞相を現はして恰も多年安相塲の冤を伸ばしたるものと云ふ可きか然らざれば如何に古米の■（にすい＋「咸」）少を告げたればとて一昨年の不作は僅かに二割内外を出でざるに倍以上の騰貴を見るの理由なかるべく又之を維新以後物價變遷の上より見るも諸物價は何れも幾割の騰貴を顯し賃金の如きも亦相當の割合を以て進みたるに米價のみ獨り從前の位に居据りて進むことを得ざりしとは甚だ不當の商况にして一時の變相と見るの外ある可らず故に今舊時の間違を間違として實際米價の標凖は尚ほ上位にあるものなりと所見を定めて偖て昨年騰貴の度合を見るときは事理頗る明瞭にして二倍以上の騰昂も决して怪しむに足らず本年の米價が四千萬石以上も收穫ありしと云ふ豊年の後を受けて尚ほ六七圓の間に根據を据え絶て下落の景色を見せざるも亦謂れなきにあらざるを知る可し我輩は先年中の安直を一時の變相なりと斷定して今の米價は不相當の相塲ならざるを信ずるものなり况んや内外交通の頻繁なる年一年と其度を進めて物價は次第に各國の平均を得んとするの傾向ある今日米價も亦世界の相塲にして一國一隅に特別の價位あること大勢の許さざる處あるに於てをや近時外國米購入の道も開けて米價の騰昂を押へるの傾きなきにあらざれども是れとて世界の相塲に左右せらるるが故に法外の高直を見ざる以上は流入の道もなかるべく何れにしても異常の事變あるに非らざれば假令へ多少の小動きあるも飛び放れたる高低を顯すが如きは先づ無しと云ふて可ならんか今の相塲を尚ほ高しとして舊時の安直を回想して之に戀戀するが如きは或は米勢の眞相に通ぜざるものと云ふ可きか