「政府の覺悟如何す可きや」
このページについて
時事新報に掲載された「政府の覺悟如何す可きや」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
政府の覺悟如何す可きや
昨今議會の大勢を見るに政府提出の豫算案は勿論、議員中の修正議なる五百萬圓八百萬圓の■（にすい＋「咸」）額説も行はれずして委員の査定案なる九百萬圓■（にすい＋「咸」）額の説最も有力なるが如し斯る非常の■（にすい＋「咸」）額は到底實際に行はる可らずとの議は我輩の屡屡陳述したる處なれども兎に角に議會の多數を以て此説に决するに至らば政府は之に對して如何なる處置に出でんとするか、尚ほ今後多少の變局は測る可らずと雖も假りに今の査定案を决着のものと視做して扨我輩の所見を以てすれば政府の覺悟は右の二案に外ならざるが如し
第一議會が立入る可らざるの範圍内に立入り所謂違憲の所爲あるに於ては政府は憲法上の大權に據りて速に議會を解散す可しと云ふものあり或は議决の模樣次第にて解散の處置も亦止むを得ざる可しと雖も愈愈之を斷行せんとするには政府に於ても豫め大に覺悟する所なかる可らず思ふに議會解散の趣意は更に審議會を招集して政府の意見に多數の同意を得んとすることなれ共今日の有樣を以て見るに新議會の多數は果して能く現政府の意見に賛成す可きや否や我輩の甚だ覺束なく思ふ所なり若しも政府が今の議會を解散して更に招集の手續に及ぶも其新議會にして再び前同樣の議决を爲せば政府も再び之を解散して更に新新の招集を爲さざる可らず而して新新議會の議决も又前同樣なるときは政府は又も解散の處置に出でざるを得ずして事態斯くの如くなるに至れば再三再四解散招集を繰返すのみにして實際に異なる所なかる可し盖し我國に於ては責任内閣の習慣未だ實地の練習を爲すに及ばざるが故に議會の集散は右の如く頻頻なるにも拘はらず政府は矢張り依然たる今日の政府にして或は其の地位に變更を見ることもなかる可しと雖も斯くては國會の開設も更に其效無きのみならず社會一般の人心に於ても斯る有樣を傍觀して永く之に堪ふ可きに非ざれば其間には種種の事端を發して詰る處は官民軋轢の慘状を極め其影響は延て政治以外の社會にも及びて容易ならざる結果ある可し我輩が國の爲めに謀りて最も喜ばざる所なり左れば議會の解散は言ふ可くして行ふに容易ならざれども政府は其容易ならざるを承知して尚ほ之を斷行せんとするの勇あるか我輩は更に一歩を進めて政府の大决心を促すものなり抑も議會を解散するは再度の議塲に於て政府案の多數を得んとするものなれども從來の如く超然主義などと唱へ自から一種の風を氣取りて官尊の高處に止まらんとするが如き工風にては到底議塲に多數を制するの望はある可らず故に苟も解散論に一决するときは之と同時に政府の方向を一新し新議會の議員に多く政府一味の人を出すの覺悟專一なる可し之を立憲代議政治の歴史に徴するに政府が國會の多數を制すること能はずして平穩無事に其地位を長ふしたるの例とてはあらざるが故に政府は先づ其方向を一定し自から卑ふして天下の愛嬌を博し國務大臣を始め總掛りの勢にて撰擧を爭ふの决心ならんには味方を得ること敢て難きに非ずして再度の議塲には案外の多數を制するに至るやも知る可らず我輩は政府に向て男子の决心を促すものなれども此决心たるや即ち責任内閣を實にするの决心にして議塲の模樣次第にては自から其地位を犧牲にするの覺悟なかる可らず今の政府に果して此邊の覺悟あるや否や若しも之なきに於ては議會の解散も先づ以て覺束なしと云はざるを得ず
次に政府は議會を解散せずと雖も今の憲法の解釋に據れば査定案の如き議决に對しては唯不同意を一言するのみにて可なり其處置は誠に簡單至極なれども更に其結果を考ふれば政府議會ともに今日の觀を改めざる限りは議會は毎年同樣の議决を爲し政府は毎年不同意を唱ふるのみにて其始末は前の解散の塲合と同一なりと云はざるを得ず抑も査定案の如き非常の■（にすい＋「咸」）額説は實際に行はる可きに非ざれば之に不同意を表するは固より其處なりと雖も單に法の文面に據り不同意を唱ふるのみて更に後の計に及ばざるは事の全きものと云ふ可らず如何となれば一片の法文を楯として百年の議會を敵にするは永久安全の策に非ざればなり政府年來の處置を見るに財政上の事は云ふまでもなく其他百般の施設何れも人意に可ならざるもの多くして少しく心あるものは竊に冷笑するの有樣なりしなれば政府正面の敵は議會中に在るが如くなれ共其實は議會の外に於ても友と名づく可きものは甚だ少なし左れば今回の議决に不同意を明言すると同時に大に前圖を改め退て自から節■（にすい＋「咸」）の計畫を定め漸次に其效を擧ぐることを誓ひ又彼の爵位等都て官尊の陋習を一掃し兒戲に等しき外面の榮華を差控へて社會の感情を害することなく簡易質素以て政の實を務め謙遜虚懷以て民間の人に接したらば年來の不人望も次第に回復して一般社會の贔負を引起し議會との折合も自然に圓滑を催ほすに至る可し即ち我輩が第二案として提出する所なれども昨今の事態に迫りながら政府の覺悟定まらずして何れも行ふ能はずとあれば夫迄のことにして今後は唯自然の成行に任ずるの外なきのみ