「豫算論の結局を如何せん」

last updated: 2019-11-24

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時事新報に掲載された「豫算論の結局を如何せん」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

第二憲法問題 豫算を以て法律を變更するは不當なりと云ひ否豫算の重大なるや少なくと

も法律と同等の威力あり査定案の官制に侵入する决して不可なしとて一時世論囂々たりし

が貴族院にても亦右の理由により衆議院の査定案を受理せざるべしとの風聞あり蓋し豫算

とは法律の命する所によりて費用を計算するものに過ぎざれば其法律と同等に非さるは勿

論元來法律を變更するには之を制定したると同樣の手續を以てせざる可らざるは法理の明

示する所にして合より豫算論を以て法律を變更すること能はざるは固より申す迄もなけ

れども元首の大權は立法行政の兩部に跨れるが故に政府と國會と一致するときは元首に於

て更に異存なく其大權を以て法律を變更するに妨げなき次第は憲法第六十七條を演繹して

明白なれば彼の大權に基ける既定の歳出も政府の同意だに得れば廢除削減も自由自在にし

て其結果として法律を變更するも决して不都合ある可らず左れば査定案を非とする者は其

同意を求むるの手續として議决の前にせざるを咎むるものならんと雖も憲法第六十七條は

唯「政府の同意なくして帝國議會之を廢除し又は削減することを得ず」とありて精~の所

在は政府と國會と一致すべきを命じたるのみ其議决の前にすべきや後にすべきやは實地手

續上の都合如何を顧みて解釋するの外なければ貴族院が若しも之を以て違憲の理由となし

以て衆議院の議决を受理せざらんとするに於ては拘泥も亦甚だしと云はざる可らず

故に公平の眼を以て見れば衆議院の豫算委員が政府の不同意を竊に承知しながら評决する

が如き無謀の趣向をなさずして始めより政府委員に就てイヨイヨ政府が能く堪忍して同意

し得る迄の極度を突留め事の實行を目的として査定したらんには今日の如き折角の議决を

不同意の一聲に破らんとするの不始末も勿るべく又政府も初めより國會を無謀視して其間

に溝渠を設け費額上に掛直を試むるが如きことなくんば立憲政治の精~も爰に始めて全か

るべき政府も國會も互に相親密ならざるが故に勢、衆議院は同意を議决の後に求めんと覺

悟したるの意味なきにあらず又過日山縣伯の演説に同意を議决の前に求めざる可らずと云

ひしは伯が憲法を解する果して其如くなりしや否やを知らずと雖も單に其言を聞て之を察

すれば國會の議は不安心なるが故に同意を前に求めしめざれば後に至り不同意の煩あるべ

しと豫期して心中既に國會を信ぜざる者に似たり尤も伯が演説したる頃は所詮同意するこ

と能はざる無謀の査定案の通過するや現前たりし折柄なれば兼て國會を信ずると信せざる

とに關係なき樣なりしかども兎も角も衆議院が同意を求むる手續の圓滑ならざりしは政府

と國會と親密ならざるが故にして憲法の明文如何に由るに非ざるが如し

憲法第六十七條の精~は同意を求むるの前後を規定したるにあらず左れば山縣伯の演説も

唯是れ一片の忠告として聞くべきものにして衆議院の議事の模樣にては到底不同意を與ふ

るの殺風景を免れざるを憂へ同意を前に求めしめて不體裁なからん事を豫防するの主意に

相違なかりしならん語を換へて云へば衆議院をして政府を信用せしめ親密の間柄の如く同

意を前に求めしめんとしたるなり假令へ前に同意を求めても决して無理なる掛直を云はず

讓るべきは充分に讓らんとの意を諷したるなり决して憲法を解釋したるに非ず好し解釋な

りとするも云はゞ山縣一己の解釋にして政府の解釋にあらず若し政府の解釋とすれば何と

て衆議院が日々違憲の議事をなすを傍觀するの理あらんや三次會の終結將た貴族院の論决

を俟つに及ばず速に中止して適法の裁决を乞ふべき筈なるに其手續に及ばざるを見れば衆

議院が前に同意を求めざるを以て違憲の所爲と視做さゞるや明白なりとす

同意を求むるの手續如何は既に憲法の問ふ所に非ずとすれば違憲の理由を以て議會は解散

せらるゝの惧れあることなく唯既定の歳出に屬する部分だけに付き政府は同意を與ふるや

否やと云ふに歸すべきのみ我輩の所見を以てすれば此塲合に政府は宜しく其同意し得べき

ものには同意を與へ然らざるものには與へずして决して或る一項に不同意なればとて全體

を否决するに及ばず唯國會の議决を參考として隨意に取捨すべきものと信ずるなり蓋し憲

法に六十七條の明文なくして一切の歳出は悉く國會の議决に從はざる可らざるものとせば

政府は其一項にても二項にても到底同意すること能はざるものあると共に斷然辭職するの

外なしと雖も既定の歳出その他云々の歳出は政府の同意を要する事と定められたれば不同

意中一項にても同意を與ふるは即ち政府のコ義にも適ふ譯にして實に綽然の餘地ありと云

ふべし何かの事情によりて兩院自ら豫算を議决せざるに非ざるよりは不成立と云ふ事も亦

决してある可らず政府の内議も亦此の如くなるやに傳聞せり

憲法を四角四面に解釋すれば右の通りなれども政府がイヨイヨ不同意なりとて扨會計法補

則によりて既定の歳出云々の費目に對する削減金額を査定案中より引去れば殘るは僅々八

十八萬圓餘にして七百八十八萬圓餘の削減額は其七百を取除けられたる姿となるべし討議

殆んど百日に近くして其結果は斯くも一朝全く水泡に屬し政費節減の素志を空ふするこ

とゝならば國會は果して其精~を得たるを喜ぶべきや此故に衆議院は宜しく大に爰に開悟

して從來の議决を一轉し我輩の所謂減額の變則に從ふか或は貴族院との協議會を開いて政

府が果して前號に云へる如く第二の豫算案を呈出せば一歩を讓りて之を可决するか又査定

案は第三次會をも經過して而して政府は第二の豫算案を呈出せざるときは協議會に於て修

正を加へ政府の同意を得んことを勉むべきのみ一見恰も衆議院の面目を傷くるが如くなれ

ども政府に於ても亦大に讓らざる可らざるや勿論にして豫算案に掛直あるが如き外觀を示

すの次第なるが故に憲法の規定は是非に及ばずと覺悟して今後は漸次彼の會計法補則を改

正して議權を擴張せんことを勉め併せて官制を改革するに堪ふべき充分の購究を盡すこと

本意なるべし殊に此程總理大臣及大藏大臣の演説の如きは頗ぶる好意に出でたるが如し豈

又長く小兒の執拗を學ぶ可んや     (完)