「ニカラグワ運河餘論二」
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時事新報に掲載された「ニカラグワ運河餘論二」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
ニカラグワ運河餘論 二
世界の大勢に注目す可し
ニカラグワ運河の工事に就て淡水云々の異論あるも學理上取るに足らずとの次第は前號に述べたれども假りに一歩を讓りて右の異論又は其他の故障にて運河の計畫は全く徒勞に歸するとするも我輩が前日來編を重ねて論じたる如く我國人の之に對する覺悟は一日も輕忽に附す可らず抑も西洋諸國の人々が中央亞米利加の地峽を開鑿して東西二大洋の航路を通ずるの計畫は一朝一夕の事に非ずコロンブス以來新大陸の事に注意したる人々は何れも地峽開鑿の必要に思ひ到らざるものなく近代に至りて最も名あるものは米國大統領アダムス及佛帝ナポレオン三世にしてナポレオンの如きは其未だ帝位に即かざるの前、ハム城の幽囚中に既に亞米利加地峽の開鑿に熱心し今のニカラグワの邊に運河を開き之にナポレオン運河の名を附せんとて精密なる計算を爲したりと云ふ其後米國人中にも此事を企てたるもの少なからざれども何れも實際の着手に及ばずして止みたり以上はニカラグワ運河の計畫なれども之と計畫を異にして其目的を同ふしたるは米國の技師カピテンエーヅ氏の計畫なる運船鐵道と彼の有名なるパナマ運河の開鑿にして前者は其後、間もなく發起者の死亡と共に計畫も立消と爲りたれども後者は佛人レセツプ氏の監督の下に工事を起して進歩も著しかりしが中途にして其設計に齟齬あるを發見し更に工風を變じたれども費用の續かざるが爲め一昨年を以て中止を告しかば即ち今回のニカラグワ運河はこの好機會に乘じ米人宿昔の計畫を實にせんとして着手したる者なり右の由來は兎も角も爰に文明進歩の大勢を案ずるに器械の用法漸く巧なると共に海陸運輸の便は日に揄チし東西の航路も昔日の如く迂回緩慢の道に安んずることを屑しとせず蘇士運河の如き即ち此大勢の爲めに歐亞間の屏障を破りたるものにして世界日新の進歩は區々たる天然の故障に遮られて永く屈す可きに非ざれば亞米利加の地峽も早晩この勢に迫られて開通するの日あるや疑ふ可らず盖し從來西洋と東洋との關係は重に歐洲の諸強國が殖民政略を行ふが爲めにして彼の國々に於ては時々遠征軍もしくは保護艦隊を送るに過ぎず實際の利害は左まで重大ならざりしことなれども輓近に及んでは東洋諸國の氣運日を逐ふて開くると共に東西商賣上の交通も次第に繁多を致して次第に密ならざるを得ず即ち人事の要用に促さるゝ所のものにして蘇士の運河は既に開通しながら獨り南北亞米利加の間を天然のまゝに放棄し歐洲西部の諸港又は亞米利加の東岸より太平洋の西岸に航するに纔に一綫の地峽に支へられて幾千百里の路を迂回するが如き迂遠の談ある可きや文明世界の奇相なりと云はざるを得ず左れば地峽開鑿の計畫は人力の企なりと云ふと雖も實は世界の大勢を以て人を動したるものにして然かも其勢は年を經ふに隨ひ次第次第に進歩して今は殆んど切迫の塲合に立至りしことなれば斯る天然の小故障は一日も其儘に捨置く可らずして例令へニカラグワの運河その功を奏せざるも更にパナマの開鑿を再企するものある可しパナマの開鑿成らざるときは更に運船鐵道を計畫するものある可し何れにしても地峽天然の障妨は今後數年を出でずして人力に破開せらる可きこと我輩が世界の大勢に徴して萬々疑はざる所なり而して日本人が之に對する覺悟は如何と云ふに元來我國は太平洋に面し東洋中の好地位を占むるものなれば地峽の開否如何に就ては其利害の關する所極めて大なるものあり若しも國力の許す限りに於ては他人の力にのみ依頼するを要せず自から進んで其開鑿に着手し世界に日本人の名譽を博すると共に國の貿易の繁昌を謀ることこそ願はしけれども今や米國人が既に着手し今後五年を期し成功の見込にて其目的は確實なりと云ふ幸ひ國内の勞役者は目下生活に苦しむもの多く又金滿家の金の用途に窮するものも少なからざることなれば一衣帶水を隔つる對岸の地に大工事の起るを機會と爲し我資本勞力を供給して之を助くること私利の爲めにも國益の爲めにも肝要なる可し云々とは右の工事に對する我輩の所望なれども其工事の如何は姑く擱き世界の大勢に於て東西新航路の全通は近きに在る可きが故に其衝に當る我日本國人は豫め覺悟して機會に遅れざるの用意今より肝要なる可し (畢)