「帝国議會の閉會」
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時事新報に掲載された「帝国議會の閉會」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
帝国議會の閉會
議會開設以來議塲の大問題なる豫算案も衆議院にて種々の波瀾の末、漸く政府との折合を
得て之を貴族院に廻附し同院にては時日の切迫にも拘らず速にこれを議定し茲(玄+玄)
に豫算案の成立を告ぐ初期の議會も無事に閉會を見るに至りしは先づ以て目出たき次第な
りと云はざるを得ず本年の議塲は何を云ふにも初期の事にして其完全を望むは固より無理
の注文なれども我輩を以て議會の有樣を見るに何分にも感服せざるもの多き中にも國の商
安に關する一事に至りては特に注意の薄きを惜まざるを得ず今の文明の立國は商賣に在る
こと今更いふ迄もなき處なれども其商賣の繁昌不繁昌は一に商安の如何に存することなる
に議事の經過を見れば政治論の喧しきに似ず國の商安に對し如何にも不親切の觀あるは社
會衆目の認むる所にして議會の欠典と云はざるを得ず蓋し今の議會は年來民間に在りて單
に政治の事にのみ熱心の政論家その多數を占め實際の局に當りて事の經驗に富める所謂政
治家と稱す可きものは割合に乏しきが故に其所論も兎角政治の一方にのみ偏し全體の利害
に注意の到らざる所あるも决して怪しむに足らず即ち其地位氣風の自から然らしむる所に
して一人一個の罪に非ざればなり左れば我輩は今日の有樣を以て直に罪を人に歸し之を咎
むるものに非ざれども既に立法議政の任に當りて其責任を負ふ以上は將來に希望する所は
益々大ならざるを得ず思ふに本年の議會は開設早々にして昨年の撰擧騒ぎに熱走狂奔した
る其政熱も未だ全く収まらず殊に政黨政派の競爭の爲めに一種の餘波を議事に及ぼしたる
觀なきに非ざれば更に政治論の喧しきを致したるも事の行掛りとして致方なき次第なれど
も其人々も議塲閉會の後、或は平生の業務に復し或は郷里に歸りて徐ろに議會に對する社
會人心の如何を察し靜坐瞑目議事の經過を反省したらば之に滿足して揚々の得意を催ほす
可きや將た又悄然悚然として大に省み更に善後の長計に思ひ到る可きや我輩は其中心に自
から悟る所ある可きを信ずるなり左れば當期の議會は匇忙の間に事を議し匇忙の間に終を
告げて實際に見る可きもの甚だ少なしと雖も若しも其人々が之を一塲の試驗とし自から成
跡に鑑みて其欠典に注意し更に將來の報效を期して怠らざるときは次第に社會人心の歸向
を得て遂に衆望の府たること疑ふ可きに非ず我輩は今日議會の閉塲に際し先づ以て無事の
終局を喜び更に將來の希望を陳して其反省を祈るものなり