「西洋夫人と日本男子」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「西洋夫人と日本男子」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

西洋夫人と日本男子

西洋諸國の人は男子は云ふも更なり女子とても勇徃敢爲の精神強く一方に男女同權などゝ

殺風景なる議論の行はるゝ代りに一方には男子も及ばぬ事業を企つるもの多し近頃の倫敦

新聞にも左の一報〓

 セルドン婦人の亞弗利加遠征は〓〓〓日の迫るに連れて大に世間の評判となれり元來同

夫人は米國の産なれども長く倫敦に住居し較や人にも知られて良人は或る米國會社の倫敦

支配人なるが兼てより文學を嗜み女子の身にてありながら多年亞弗利加へ遠征を試みんと

の志ありければ該地を遍歴して歸れる人と聞けば必ず家に請じて其行を勞ひ且は其見聞せ

る所を聞くを樂みとし今はスタンレー氏と共に米國を遊歴中なれども遠からぬ内歸國して

來月(本年二月)亞弗利加へ向け出發する筈なり其目的はザシバルまで直接に進航し夫よ

り彼の遠征者が始めて行旅の困難を感ずると云へるモンバサに進み海岸より二百五十英里

のキリマンジヤロ峰近傍に達して土人の人情風俗等を視察して歸て小説著作の材料に供せ

んとするものなり同所には召使ひの爲めに黑人の女子數名を雇入るゝ積なれども其他は男

子のみにてスタンレー氏の忠告に從ひ武器携帯のもの二十名を護衛の爲め引連るゝ筈なり

該地滯留は三箇月間の見込なりとぞ

右は一女子の遠征を報じたるものにして歐米諸國の人情より考ふれば左のみ奇とするには

足らざれども其珍しからぬに付て我輩は聊か感慨なき能はず抑も日本は新に優勝劣敗の競

爭塲裏に入りたるものにして國家生存の大義を忘れず人民の繁榮を計らんとするには蕭蕭

の内に多少の故障ありとも兄弟相鬩ぐことを止めて外に力を專らにし商賣貿易なり技術工

藝なり人事百般の業務を方便として自國の富實を謀り自國の名聲を張るの急に切迫しなが

ら獨り内地に蟄伏して内治の政論に忙しくし熱中狂奔更に餘念なきものゝ如きは我輩の感

服せざる所なり内治の改良固より等閑に附す可らずと雖も今の日本は鎖國の日本に非ず既

に國を開て世界に交り以て我國家の生存を謀らんとするには内治外交兩者の間に自から前

後緩急の別なきを得ず况んや百千年來鎖国の殘夢尚ほ未だ全く醒めざるに於てをや特に外

を勉む可きの時節なるに我男子として未開野蠻の地に遠征の事は偖置き海外に渡りて商賣

を營むものさへ甚だ少く局小の天地に戀々して坐して究迫を待つもの多きは歐米の婦女子

に對しても汗顔の至りと云ふべし畢竟は未だ日本の外に國あるを知らず假令へこれあるを

知るも其事情に通達せざるが爲めのみ古人の言に知は勇を生ずと云ふ海外雄飛の勇氣を鼓

舞せんとするには彼の事情を知らしむるより急なるはなし左れば今の日本男子の腦力は其

の七八分を外に用ひんこと國家の爲めに我輩の特に冀望する所なり