「超然主義」
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時事新報に掲載された「超然主義」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
超然主義
今の内閣は自から稱して超然主義なりと云ふ蓋し超然主義は現内閣の發明に非ず伊藤伯曾
て之を唱へ黒田伯これを行ひ續て今の山縣内閣に至りて益々その實を見たるものゝ如し抑
も超然主義とは如何なる主義なるや其意味を解すること頗る困難なりと雖も單に其字義に
據りて之を解すれば唯物外に逍遥して世間の事物に頓着せざることなる可し蓋し今の日本
の政黨なるものは稱して政黨と云ふと雖も其實は種々樣々の原因より發生して形を成し其
主義綱領の外に自から一種の事情あるものなれば一たび之に關係するときは却て面倒を生
ずることを免れず左れば政府は斯る雜物の外に脱して何れの政黨政派にも關係せず又自か
らも黨派を造らざるの覺悟は一時の難義を免るゝの好方便と考へたることならんなれども
其考は實際に果して當を得たりしや否や當期の國會の成行は即ち其當否を試驗するの好機
會にして當局の人々も自ら發明したることならんのみ右は單に政黨の人々も自ら發明した
ることならんのみ右は單に政黨の一事なれども若しも政府が飽くまでも超然主義を守り物
外に逍遥して事に頓着せず社會の事情は知るが如く知らざるが如く聞くが如く聞かざるが
如くにし唯政府の手心のみを以て事を處するときは其結果は如何なる可きや德川の封建政
治の如きは取も直さず超然の手段にして社會の利害は之を聞見しながら態と耳目の外に置
き間接に政府の主人ありて其治下の人民を苦しめ聞くに忍びざるの殘酷を行ひ人民は之に
堪へずして中央政府に直訴するに至り政府も亦常に此種の注意に怠らずして事實は既に明
白なりと雖も其訴は叱て之を斥け毫も聞かざるが如くにし却て他年に至り他事を以て其國
主を罸することあり又國内の米穀年々豊作にして人民は米の多きを訴へて其處置に苦しめ
ども政府にては毫も與り知らざるものゝ如くにして意外の邊より大坂に米相塲所を設くる
など其處置は單に政府の手心次第にして超然主義の神髄を得たるものと云ふ可し左れば此
主義は古代の治風、民をして知らしめざるの趣意としては其功大なりしことならんなれど
も今日の實際に於ては到底行はる可きものに非ず抑も今の政治上に重きを成すものは智德
財産に外ならずして國中の智德財産に富めるものは所謂中等社會の人々なれば若しも政府
が超然主義を執りて人民の利害は聞くが如く聞かざるが如く單に其手心を以て事を處する
と同時に人民も亦國に對して超然主義を守り銘々の智德財産に由りて他を顧みず唯銘々の
利害を謀るのみにて物外に逍遙し政府は政府たり我れは我れたりとて毫も國事に關係せざ
るにも至らば國政は全く政府と下等人民との間に歸し智德財産の重きを成すものなくして
政の品位はますます卑に就かざるを得ず凡そ國の政體は人の身體に均しく其健康にして長
命ならんこそ願はしけれ即ち政體の鞏固なるものにして國家幸福の爲めには其鞏固を謀る
こと專一なれども若しも智德財産に富める中等社會の人々が全く物外に超然して政治に關
係せず之に關係するものは單に無財産有志の政論家のみなるときは政體の鞏固は到底望む
可らずと知る可し左れば所謂超然主義なるものは今の政黨に對する方便としても其實行く
の覺束なきものなれども國家の大計上に於ては益々その不都合を悟る可きなり