「朝鮮國王の廢立」
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時事新報に掲載された「朝鮮國王の廢立」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
朝鮮國王の廢立
朝鮮の國情は早晩何等かの問題を生して人の耳目を動かすの塲合あるべしとは窃に豫期す
る所なりしに虚か實か近日來世上に流布して新聞紙にも散見せる一怪報あり清國宰相は皇
帝の命を奉じて朝鮮に書を送り國王をして太子に位を讓らしめ大院君をして攝政たらしむ
べしと其主意を聞くに今の朝鮮國王の政務は支那に於て頗ぶる不滿足なるもの多くして或
は隨意に公使を各國に派遣し或は露國と夫の慶興條約を締結する等藩屬に有るまじき所爲
のみなれば之を譴責せんと云ふに在りて爲めに朝鮮の物情漸く恟々たるの色あり云々と我
輩は萬々その虚説ならんを疑ふ者なれども假に果して信なりとすれば是れ决して朝鮮一國
内の私事にあらず國内の事情によりて王位を退讓せしめ若くは亂臣賊子ありて簒奪するが
ごときは世界古今有勝の事例にして苟も其外政に異動なき限りは締盟各國の目には唯尋常
一樣の看をなして敢て意に介するに足らざれども外國たる支那にして其國書を發し國王の
廢立を指揮するとありては朝鮮は外部より國の國たる所以を奪はるゝものにして其國は支
那の一地方たり其國王は支那の一世襲地方官たるに過ぎざれば朝鮮は兎も角も是れより先
き同國を獨立國と認めて條約を締盟したる諸外國に取ては其關係する所頗ぶる淺からず抑
も支那は如何なる根據あるによりて朝鮮に對するに其藩屬に臨むの處置を取らんとするや
彼の中國に朝貢と云ひ中國の正朔を奉すると云ふが如きは茫漠たる故事の痕跡を今日に遺
すまでにして有名無實の虚禮告朔の〓(き・飮の左に氣)羊たるに過ぎず固より以て兩國
の本屬を證明するに足らざるは世界各國の普く知る所にして既に獨立國の資格を以て各國
と條約を締結し支那自からに於ても形式上に其獨立を認めたるの事實ある以上は正朔等の
如き最早論争の限りに非ざる可しと思の外、突然にも今回の擧に出でたりとは誠に意外の
沙汰にして此事たるや單に虚禮云々の問題に非ず實際に其國事に關係して然かも朝鮮政府
の大本を動搖せしめ之を外にしては締盟各國の條約を蹂躪するものと云はざるを得ず左る
にても支那が斯くまでに紛ふ方なき屬邦に臨むの筆法を取りたるは何か他に正當の理由あ
るもの歟、然るときは支那に於ては充分の證明を為さゞる可らざるのみならず締盟各國と
ても其果して正當なるを承認するに足るまでは自家の權利を全ふせんが爲めに飽までも研
究を盡すべきは道理に於て免る可らず豈啻に朝鮮一國の波瀾として看過すべきものならん
や然りと雖も以上は風説を事實と假定したる後の談のみ風説果して虚にして事を一笑に付
し去るも蓋し期日の内にあらん歟と思へども萬一の事共あるに於ては關係の及ぶ所極めて
容易ならざるが故に我が日本の如き朝鮮とは唇齒輔車の間にして夙に其獨立を認めて對等
の條約に疑を容れざるものは風説の實否を探りて惑を解くこそ實に斯國の任務なるべし